よねちゃんの車中泊旅行記

4月22日、はてなブログ「よねちゃんの花日記」に移行しました。車中泊旅行記もそちらで継続しています。

第21回大旅行(2013年4月)

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    2013年5月2日(木)
 
  今、長野県須坂市の田中本家博物館から千曲市に向けて移動中です。国道403号線を南下、千曲市の市街地を抜け千曲川を渡河してさらに西進すると稲荷山というところがあります。
 
 
  ここに稲荷山宿・蔵し館があります。1353時着(写真①)。
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  稲荷山宿というのは往時の善光寺街道の宿場です。どことなく面影を感じます(写真②)。
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  めざしていたのはここ、稲荷山宿・蔵し館です(写真③)。
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  最初に説明しておくと、稲荷山宿・蔵し館は御当地で明治の頃に活躍した松林源之助・松林源九郎という上人の居宅を修復した建物です。
  それらしい雰囲気です(写真④)。では中を見学しましょう。
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  中に入って振り返ったところです(写真⑤)。右は通用口の付いた大戸、左は商家でよく見かける格子戸です。格子戸は中からは外が見えますが、外からは中が見えにくい構造になっています。
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  奥はこうなっています。土間続きですが、右は店の間、奥は居住区で居間や台所があります。普通は引き戸のところに大きな暖簾が掛かります(写真⑥)。店の間には階段箪笥もあります。
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  これが店の間です。結界格子や帳場机が置かれ、番頭がここに陣取っていました(写真⑦)。
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  ここで座敷に上がったようです。これが結界格子と文机、左に火鉢、右に銭箱とそろっています(写真⑧)。
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  帳場からは外がこういうように見えます(写真⑨)。
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  こういう板戸も美しいです。全部板戸だと真っ暗になるので中央部に明障子を組み込んでいます(写真⑩)。
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  階段箪笥にはさり気なく銚子や花瓶が置かれていました(写真⑪)。
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  下は百味箪笥、上に置かれているのはツクバネです(写真⑫)。ツクバネは衝羽根と書き、見ての通り、羽根つきの羽根のような格好をしています。
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  神棚です(写真⑬)。右の角柱は蘇民将来の護符です。
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  さて、帳場のある店の間の奥の部屋です(写真⑭)。見事な飾りがあります。端午の節句の飾りと思われます。今は5月、恐らく季節限定の飾りと思われます。
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  往時の机です(写真⑮)。
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  往時の電話が置かれていました(写真⑯)。
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  何かの人形展をやったときの忘れ物のようです(写真⑰)。
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  次回で展示されている5月人形を改めて紹介しましょう。
 
  続く
 
    2013年5月2日(木)
 
  今、長野県佐久市の望月歴史民俗資料館にいます。場所は佐久市望月支所のすぐ北側です。
 
  最後になりましたが華やいだ雰囲気になりました。御当地の祭の展示です(写真①)。
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  前にも登場した御当地の榊祭です。解説です(写真②)。
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  さて、歴史民俗資料館の見学はこれで終わりです。1055時になりました。なかなか充実した展示でした。どうもありがとうございました(写真③)。
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  さて、外に出ました。ここは中山道25番目の宿場町、望月宿があったところです。残念ながら往時の町並みはなくなりましたが面影は残っています。昔はこういう感じの家並みが続いていたのでしょう(写真④⑤)。それにしても電柱は邪魔ですね。まあ、心眼をもってすればこれも消えますが。
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  ではここを出発。、国道142号線に戻り西進、途中で国道254号線に入りました。一旦国道152号線になったようですが。、また国道254号線に戻りました。もう佐久市から上田市に入っています。このまま進むと丸子温泉ですがそのかなり手前に丸子郷土博物館があります。1131時着(写真⑥)。
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  では見学と思ったのですが、入口にわざわざ撮影禁止の貼り紙がありました。まあ、歴史民俗資料館だと撮影可能なところが多いのですが、わざわざ博物館と名乗るところは気位が高く、こういうところも普通にあります。見学しても札家できなければ時間の無駄と言うことで早々に退散しました(写真⑦)。
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  ここからが大変です。どこを通ったのか分からなくなりましたが国道18号線に出てから長野道に乗ったものと思います。1247時、須坂市の田中本家博物館着(写真⑧)。場所は須坂市役所の東南東約1キロのところです。
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  まずは解説です(写真⑨)。
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  ここも博物館、お宝もたくさん展示していますが、多くの場所は撮影禁止で紹介できません。
こういう庭は撮影可能です(写真⑩⑪)。
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  田中家の庭園です(写真⑫)。住民の救済を兼ねてというのは豪商が私財で公共事業して雇用を増やしたということです。
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  庭園を散策しました(写真⑬〜⑯)。
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  まあ、大体こういうことだということで退散しました。これは入口付近の様子です(写真⑰)。
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  1301時、ここを出発、国道403号線に出て南下、千曲市の市街地に入りました。国道403号線で市街地を西に抜けた辺りで千曲川を越え、稲荷山宿・蔵し館をめざします。
 
  続く
 
    2013年5月2日(木)
 
  今、長野県佐久市の望月歴史民俗資料館にいます。場所は佐久市望月支所のすぐ北側です。
 
  養蚕の話の続きです。往時の写真がありました。蚕上げとは上蔟のことで、繭を作る時期に着た蚕を繭を作る場所に移すことです(写真①)。
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  製糸工場は各地にありました。これは地元にあった工場で、三盛社といいます(写真②、②の2)。
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  御当地の養蚕業の推移です。赤は戸数、黒は繭の生産量です(写真③)。大正8年以降急激に増え、昭和14年に最大になりました。戦後は昭和40年代に盛り返しますがその後は衰退の一途をたどっています。しかし、なくなったわけではありません。
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  検位衡です。検位衡はあらかじめ長さを測った生糸をこの機械の右側に吊るし、繊度(太さ)を測る道具です(写真④)。
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  これは繭量り升です(写真⑤)。
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  これが蚕の繭です(写真⑥)。
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  真綿掛けがありました(写真⑦)。煮た繭をぬるま湯の中で袋状に広げ、それをこのようにして乾燥させる作業に使う道具のことです。もちろん、出荷できなかった屑繭などを使います。
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  これは風袋(ふうたい)です。風袋も死語になりましたが、秤でものを量るときにそのものを入れる容器のことです(写真⑧)。
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  繭から糸を引いて生糸を作るのが製糸ですが、農家の主婦が鍋で繭を茹でながら糸を引くのも巨大な製糸工場で行う作業も原理的には同じです。
  そうは言ってもやはり設備は大がかりになります。これは製糸工場で使っていた鍋で茹でる部分に当たる装置です(写真⑨)。
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  これが実際の操糸鍋です(写真⑩)。
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  台秤もありました(写真⑪)。
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  桑切機です(写真⑫)。蚕の数が増えるとこういう機械の需要もできました。
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  奥はまぶし折り機です。手前は括造機という名札が付いてましが、用途は寡聞にして不明です(写真⑬)。
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  機織り機が登場しました(写真⑭⑮)。
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  現在は機織りは工芸になりましたが、素人でも各地の施設などで機織り体験ができます。とても繊細で緻密な作業で根気と集中力も必要です。
  肩こりや首の凝りを覚悟して体験すると往時の女性達の凄さも体感できると思います。これをみればおよその見当がつくと思います(写真⑯⑰)。
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  養蚕の話はこれで終わりです。では次に行きましょう。
 
  続く
 
    2013年5月2日(木)
 
  今、長野県佐久市の望月歴史民俗資料館にいます。場所は佐久市望月支所のすぐ北側です。
 
  祭と芸能の展示になりました。まずは解説です(写真①)。
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  望月町は2005年に合併して佐久市になっています。その望月の二大祭の内、根神社の三番叟です(写真②)。三番叟は元は能の演目ですが、各地の伝統芸能として広く演じられています。
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  望月の二大祭のもう一つがこの榊祭です(写真③)。  毎年8月15日に行われます。見越しが出たり、松明行列、民謡流し、獅子舞など多彩な祭です。この写真は花火ではなく橋から松明を川に投げ込んでいるところです。
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  これは祭に登場する獅子です(写真④)。
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  これは三番叟で使う面です(写真⑤⑥)。
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  三番叟で使う鼓(つづみ)です(写真⑦)。
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  これが三番叟の衣装です(写真⑧)。
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  三番叟の解説です(写真⑨)。式三番という言葉は難解です。インターネットを参照してください。
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  さて祭の話はこれで終わりです。次は養蚕です。まずは御当地の養蚕事情です(写真⑩)。
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  こういう解説がありました(写真⑪)。
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  主立ったところを紹介しておきましょう。まずは産卵です(写真⑫)。蚕の成虫はもう飛ぶことはできません。
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  孵化といって卵からかえります(写真⑬)。
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  1齢幼虫です。いわゆる数え年ですから卵からかえった幼虫が1齢です(写真⑭)。
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  5齢幼虫です(写真⑮)。
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  最後の脱皮です(写真⑯)。
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  5齢幼虫になってしばらくすると体が透き通るようになり繭を作り始めます。出来た繭の中で幼虫はサナギになります(写真⑰)。養蚕ですから繭ができた時点で終わりです。この繭を煮て糸を取り生糸にします。中のサナギは死にますが、これを集めて炒ると「ヒビ」と呼ばれる食べ物になります。
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  出来た繭は製糸工場に集め生糸にします(写真⑱)。
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  養蚕の話は続きます。
 
  続く
 
    2013年5月2日(木)
 
  今、長野県佐久市の望月歴史民俗資料館にいます。場所は佐久市望月支所のすぐ北側です。
 
  これは子供の服です(写真①)。男の子の晴れ着だったでしょうか。
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  女の子の晴れ着です(写真②)。
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  田畑や山の仕事の解説がありました(写真③)。11月18日のえびす講というのは初めて聞きました。実りの秋の終わり、冬の到来でした。
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  これは田起こし用の鋤です(写真④)。
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  これは田んぼの代かきに使う馬鍬です(写真⑤)。
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  これは代かきをしている様子です(写真⑥)。
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  人用の農具で、上3本は鍬(くわ)、一番下は鋤(すき)です。鋤は現在では「シャベル」に代わったと思います(写真⑦)。 
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  千歯扱きです(写真⑧)。
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  往時の炭焼き小屋です(写真⑨)。現在も大差ない小屋で焼かれています。
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  鋸、斧、トビなどです(写真⑩)。
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  こういうものは現在もほど同じ形で使われています(写真⑪)。
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  鉄平石(てっぺいせき)の採掘現場です(写真⑫⑬)。鉄平石は御当地の特産で輝石安山岩の板状節理がよく発達したものです。屋根葺き材として使用されていたそうです。現在でも屋根材の他、敷石、溝の蓋、壁材などに使われるようです。
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  こういう金槌と鑿(のみ)で切り出していたのでしょう(写真⑭)。
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  薬用人参の収穫の様子です(写真⑮)。
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  背負子がありました(写真⑯)。今も現役です。
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  続く
 

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