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2013年5月2日(木)
今、長野県佐久市の望月歴史民俗資料館にいます。場所は佐久市望月支所のすぐ北側です。
資料館前にこういう展示がありました(写真①②)。農業用水の木製の樋です。
ここまで来て、門の一旦外に出ました(写真③)。
御当地は中山道25番目の宿場町でした。今も随所に面影を見ることができます(写真④⑤)。
多分、江戸時代はこの辺りを旅人が通っていたのでしょう。幕末の和宮もここを通っていたに違いありません(写真⑥)。
それではもう一度望月歴史民俗資料館の外側の展示を見に行きます。これも道祖神の石塔です(写真⑦)。
では資料館の中を見学することにしましょう。前回来たときは休館日だったと思います(写真⑧)。
中に入りました。立派な机があります。実はこれ、旧陸軍士官学校校長の机でした(写真⑨)。なぜ、陸軍士官学校の校長の机がここにあるか、それは1937年に学校が東京から神奈川県座間に移り、更に1945年6月、御当地近辺に移ったからです。
座間は現在キャンプ座間として米軍基地になっています。今回の猟奇的9人殺人事件で一躍有名になりました。
机の上には楽しそうな置物があります(写真⑩)。
これは地元の春日わら馬会が作ったものです(写真⑪)。御当地の名産品かもしれません。まあ、江戸時代は中山道という今で言えば国道2号線沿いの要衝でしたから色々な文化が継承されていてもおかしくありません。
機織機がありました(写真⑫)。
歴史民俗資料館はご承知のように地元の歴史と民俗を扱います。当然ながらこういう遺跡の話もあるわけです(写真⑬)。歴史は当ブログの守備範囲ではありませんので省略します。気に入ったものだけ紹介しておきましょう。
これは縄文時代の住居の様子です(写真⑭)。今も住居と比べると屋根だけということが分かります。
中はこうなっていました(写真⑮)。まあ、今でも似たような家に住んでいる人もいますからこれで雨風はしのげたのでしょう。電気もテレビもパソコンもない時代の方が幸せだったかもしれません。
土間ですが上に植物の茎などを敷けば結構居心地がよかったでしょう。今が贅沢になりすぎたかもしれませんね。
この先、縄文時代又は旧石器時代の展示が続きますが省略します。
次回は中山道望月宿の展示から紹介しましょう。
続く
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第21回大旅行(2013年4月)
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2013年5月2日(木)
今、長野県松本市の中心市街地にある筑摩神社にいます。場所はJR松本駅の東南東約1.6キロ、松本工業高校のすぐ西側です。
0626時、参拝が終わりました。これは筑摩神社の神門です(写真①)。ここから少し南に歩いて若宮八幡神社に参拝しましょう。
松本は城下町です。これは見事な赤松です(写真②)。
何よりも上高地の山並みがすばらしいです(写真③)。
さらに南に歩いて行くと一目で神社の社叢と分かるところがありました。若宮八幡神社です(写真④)。
これが若宮八幡神社の鳥居です(写真⑤)。奥にある社殿は重要文化財なのですが、これだけ見るといくらでもある神社と大して変わりません。
解説がありました(写真⑥)。松本城内にあったものを1670年に移築したということです。本殿は重要文化財です。一間社流れ造りですから小振り、こけら葺きですから簡素なものでしょう。
この町名の碑は重要です(写真⑦)。長野県では各地に諏訪神社があり、そこで御射山(みさやま)祭が行われます。これは三才山(みさやま)とも書くことがありますが、それに関連する解説です。
境内に入りました。少し行くと社殿があります。中央は拝殿、奥が重要文化財の本殿です(写真⑧)。
これが本殿です(写真⑨⑩)。
さて、0644時になりました。実は松本市内の主要な場所は当ブログで既に紹介しています。ここに立ち寄ったのは重要文化財の社殿のある神社に参拝するのが目的でした。
すぐに出発、県道297号線を東進して県道67号線との交差点の少し手前にある山辺学校にやってきました。場所は松本市里山辺2930−1、松本市役所の東約3キロです。これが山辺学校です(写真⑪)。
ここには資料館もあります(写真⑫)。本当は0900時まで待って見学したいところですが、遠距離旅行なのでここで時間を潰すわけにも行きません。
この学校は1885年の竣工、尋常高等小学校になりました。1928年遺構は役場になり、1985年に長野県指定文化財になっています(写真⑬)。
0715時になりました。松本市内はこのくらいにして出発、市街地を抜け国道254号線、国道14号線と走り、1025時、佐久市望月歴史民俗資料館着(写真⑭)。
場所は長野県佐久市望月247番地、市役所支所のすぐ北側にです。ここは江戸時代には中山道25番目の宿場だった望月宿があったところです。
長野県内にある中山道の宿場町は大半見学したのですが、ここだけがまだ見ていなかったのでやってきたというわけです。
宿場町だったと言うことで馬を石につなぎ止めていました(写真⑮⑯)。
道祖神もいました(写真⑰)。
続く
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2013年5月2日(木)
今、長野県松本市の中心市街地にあるあがたの森公園にいます。まだ0615時なのでどこも開いていません。
この公園にある旧制松本高校の校舎の見学は後回しにして先にこの辺りを自転車で散策しましょう。もちろん、自転車は車に積んでいる折りたたみ式自転車です。まずはあがたの森公園の西側道路に沿って南進します。
少し行くと筑摩橋を渡りました。その南詰にあるのが筑摩(つかま)神社です(写真①)。
これが鳥居です(写真②)。八幡宮という額がありますが京都の石清水八幡宮から勧進されて794年に創建されています。 開放的な境内です(写真③)。
狛犬といいたいところですが、少し違う顔をしている感じがします(写真④⑤)。ヒツジのような印象もあります。
二の鳥居でしょうか(写真⑥)。
ここまで来たらこういう解説がありました(写真⑦)。本殿は1403年の建立で重要文化財、拝殿は1610年の建立で長野県指定文化財です。
神門と言ったらいいでしょうか(写真⑧)。
門をくぐると拝殿です(写真⑨)。 県指定文化財です。
千鳥破風の飾りの懸魚です(写真⑩)。
拝殿正面の上部にある飾り板です(写真⑪)。
横に回ったところです(写真⑫)。左が拝殿、右が本殿です。
これが本殿です(写真⑬⑭)。端正な美しさを感じます。重要文化財です。
正面の組物を横から見たところです(写真⑮)。重要文化財の威厳があります。
これは垂木と言ったらいいのでしょうか、普通に見かけるものよりもかなり細かい造りです(写真⑯)。
これで筑摩神社の参拝は終わりです。少し南に歩いて若宮八幡神社に参拝しましょう。
続く
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2013年5月2日(木)
今、長野県松本市波田にある上波田阿弥陀堂にいます。場所は松本電鉄淵東駅の南400メートルのところです。
仁王門をくぐって境内に入りました(写真①)。
御当地の文化財の紹介です。境内にある田村堂が重要文化財です(写真②)。
町石というものもありました(写真③)。仁王門前から置くの伽藍まで2キロにわたって17基の町石があったようです。9基は現存するそうです。
本堂の阿弥陀堂はこれです(写真④)。
いつの時代のものか分からないような石塔があります(写真⑤)。
庚申塔もありました(写真⑥)。
これは重要文化財の田村堂です(写真⑦)。どうも覆い堂のようです。
解説がありました(写真⑧)。元々は「厨子」だったようです。厨子は仏壇の一種です。
ここには若澤寺という壮大な寺が明治まであったのですが、あの廃仏毀釈で取り壊され、今のようになったということです。誠に残念なことです。
覆い堂の中をのぞくと田村堂が見えました(写真⑨)。重要文化財にふさわしい構えです。
さて、すぐ近くに波田神社があります(写真⑩)。
由緒書きがありました(写真⑪)。
これが社殿です(写真⑫)。
さて、参拝が終わりました。0540時出発、国道158号線を東進して松本市の市街地に入り、0610時あがたの森公園着(写真⑬⑭)。これが案内図です。
場所は松本市役所の東南約1キロメートルのところです。案内図で分かるようにここには旧制松本高校の校舎があります。
これがあがたの森公園の入口、右手に見えるのが旧制松本高校の校舎です(写真⑮)。
これが旧制松本高校の校舎です(写真⑯)。
なかなかしゃれた校舎です(写真⑰⑱⑲)。
ここには記念館もありますので後で立ち寄ることにしましょう。現在0615時、車はここに置いて自転車で移動します。
続く
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2013年5月1日(水)
今、長野県松本市の松本市安曇資料館にいます。道の駅風穴の里のすぐ東にあります。
御当地安曇野のお宝写真の展示の続きです。 これは昭和37年頃の焼岳の噴火の様子です(写真①)。昨今、日本各所で火山が噴火していますが、火山だから観光地になるという面もあり、観光客の安全確保は困難を伴います。結果だけであれこれ非難するだけのテレビや新聞は気楽なものですが。
地元出身の版画家の加藤大道の作です(写真②〜⑤)。
さて、1532時になりました。これで松本市安曇資料館の見学は終わりです。ここを出発、
すぐ近くにある道の駅風穴の里に移動しました。 1600時頃から夕食です(写真⑥)。夕食は寿司の他にもあったのですが、段々と写真を撮るのが面倒になってきました。 4月26日に和歌山市を出た今回の旅行も今日で6日目、かなり疲れてきました。明日、5月2日は一日中長野県を旅行して、5月3日には帰途につきます。では今日はゆっくり寝て明日に備えましょう。静かな夜が過ぎました。
2013年5月2日(木)
今、長野県松本市の国道158号線沿いにある道の駅風穴の里にいます。昨日からここで車中泊でした。
0500時起床、身支度をして0515時出発です(写真⑦)。 国道158号線をしばらく東進すると、山が開けた辺りに松本市波田というところがあります。
松本電鉄淵東駅あたりで国道158号線を右折して在所の道に入り南進、400メートルほどで上波田阿弥陀堂にやってきました。0528時着(写真⑧)。 仁王門横です。杉の木立が見事です(写真⑨)。
和歌山を出て今日で7日目です。ハイエースも元気です(写真⑩)。
ここにある金剛力士像、つまり仁王様が県宝、つまり県指定文化財です(写真⑪)。「仁王の股くぐり祭」というのがあるようです。
別の解説のありました(写真⑫)。
これが仁王門です(写真⑬)。向かって右側のに王様の股をくぐるということです。
これが向かって右側の仁王像です(写真⑭)。昨今は鳥除けなどのために網が掛けられることが多く、写真写りは悪くなりました。元々仁王像はこういうように風雨にさらされる事が多いため傷みやすいのです。
よく見かける厄除け大ワラジです(写真⑮)。 これは向かって左側の仁王像です(写真⑯)。
では仁王門をくぐって本堂に参拝しましょう。
続く
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