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『打ち麻を 麻続の王 海人なれや 伊良虞の島の 玉藻刈ります』
万葉集には、厳藻(いつも)、藻塩(もしお)、奥つ藻、玉藻(たまも: 藻の美称)などとして藻を読み込んだ歌が、80首以上もあります。
ここにあるように、その「厳藻(いつも)」が、イズモの地名の起源ではないかとの考えがあります。
確かに、「出雲には古くから海藻を呪的信仰の対象物として神聖視する習わしがあった」とも指摘されますし、現在も、出雲のさまざまな地域で、様々なかたちで藻が神饌(神様の食べ物)として供えられます。乾燥した「ホンダワラ」をよく家庭の神棚でも見かけます。
さらに、『日本書紀』は、豪族出雲振根が筑紫へ出掛けた留守中に、弟の飯入根が独断で出雲の神宝を大和王権に差し出しますが、これに怒った兄の振根は斐伊川の止屋淵で「川藻を観賞しよう」といって飯入根をさそい出し、これを謀殺するという伝承を伝えています。
このことから、斐伊川には美しい藻が生えていたことがわかりますし、古代豪族もそれを愛でていたのです。そこから、神聖で美しい藻の生えている土地ということで厳藻とよばれた、というのです。
なるほど、現在でも出雲の中小河川では、藻がよく生えるので町内会での藻刈りは欠かせません。また、出雲大社の近くの水田(古代は小さな湖や、大きな池でした)の下には「オモンバ」といわれる藻の堆積物が層をなし、そこから天然ガス(メタン?)が吹き出るということです。
イズモと、藻は切り離せない関係にあったのかもしれません。
でも、イズモに出る雲も、とてもきれいなことは間違いないし、地形や気候の関係で、他の地方よりたくさん雲が湧くといったこともたしかだし・・・。謎・・・・。
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「オモンバ」ですか!記事を読む度、初めて知ることばかりです。
2007/7/12(木) 午後 6:44 [ mar*co1*71 ]