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『出雲国風土記』の阿用郷の条に次のような記載があります。阿用郷の地名起源です。
「昔、あるひとがここで山田を佃(つく)って守っていたが、目が一つの鬼がきて、(田を)佃っていた男の人を食べてしまった。その男の父母は竹原の中に隠れていたが竹の葉が動いた。その時、食われた男が『動動(ア−ア−)』と云ったので『あよ』という」。
妖怪・鬼が出てくるので、おおらかな話の多い『出雲国風土記』にあっては、異色の記載だと思っていました。しかし、阿用小学校のホームページに載っていた次の記事で、納得できました。
そこには、「『あよ』とは、昔の言葉で動いているという意味で、自分の命が危険な時にも両親の安全を願う、美しい心の話として語り伝えられていたそうです。」とあったからです。美談だったのです。阿用小学校様に感謝します。
さて、この一つ目の鬼については「異種族人の身体的特徴を異様に見たものであろう。鍛工者が祖神を天目一命とするのと関係あるか」と解説されているものもあり、民俗学者の谷川健一氏は「鉄の生産や加工にたずさわる人は、鉄の溶け具合や温度を炎の色で見分けようとするため、片目でそれを確かめようとする。すると、長年のうちに、開けているほうの視力が落ちて、隻眼(片眼)になるものが多い。」「天目一命(アマノマヒトツ命=目が一つしかない鍛冶の神様)もそこから来ているのではないか」と考えられています。
阿用ですでに鉄生産が行われていたのでしょうか。確かに、阿用川の上流ではとてもよい砂鉄が採れます。
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