いずものこころ

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万葉集に、「夕なぎに 藻塩焼きつつ〜」などと詠まれているように、「藻」と「塩」は深い関係にあります。というのも、古代の製塩法は、次ぎのようなものだったからです。

「ホンダワラという海藻を海水に浸し、天日で乾かします。 この作業を7〜8回繰り返し、沸騰した海水をかけてカン水(塩分濃度の高い水)をつくり 煮詰めると、ヨード分が豊富でまろやかな味わいの褐色の塩ができます」。これを、「藻塩」といいます。全国各地でこのような製法で塩が作られました。そして、そのときに用いられた土器が、各所で見つかっています。

ここで、「ホンダワラ」という海の藻の名前が出てきます。『出雲国風土記』にも出てくる松江市の「生馬神社」では、今でも境内の中に、そのホンダワラが神聖な藻としてドサッと柵に飾ってあります。島根半島の日本海側は、荒磯であることと、海流が岸辺を洗うところから十六島の岩海苔に代表されるように、とてもよい海草が豊富に採れます。

古代出雲には、『古代出雲の謎』で見たように、海洋系ネットワークと河川系ネットワークの集落が存在していたと考えられますが、その二つを媒介し、結びつける力となっていたのが「藻塩」と塩分を含む様々な海草だったのではないでしょうか。

古代出雲は、奥深い山間地を抱えていました。中国地方で一番海岸線から遠いところは、奥出雲町のあたりだと思われます。人は塩分なしでは生きていくことはできません。古代出雲の山間地に暮らす人々は、海岸線にある集落と、塩を求めて交易をしていたのでしょう。

生馬神社の聖なる藻は、人々が生きていく上で必須の物資である塩を作るために必要だからという理由とともに、その塩が交易の財として用いられたという理由から、神聖なるものとされたのだと思われます。

不可欠なものを交易するのですから、その相手先とは、否が応でもよい関係を継続する必要があります。こうして、古代出雲の山間地と海岸部の集落とは、良好な関係で結ばれていたのではないでしょうか。そのことが、古代出雲のまとまりをよくし、大きな勢力となった一因でもあったとは考えられないでしょうか。

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石油を媒介とした日本と中東諸国の関係に似ていますね。

2007/7/15(日) 午後 3:22 [ mar*co1*71 ]


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