いずものこころ

みんなで古代出雲を探検しましょう!

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徐福は道教の方士でした。秦の始皇帝を「蓬莱の国にある、不老不死の霊薬を持ち帰る」と言いくるめ、膨大な財力を使わせて日本に向かったのです。

「不老長生は古くから中国人の夢であった。多くの皇帝がこの夢を追い求め、手っ取り早い手段として丹薬を得ようとした。なかでも秦の始皇帝(BC259〜BC210)や漢の武帝(BC156〜BC87)の丹薬狂いは有名である。その背景にはペテン師まがいの方法により皇帝たちを扇動した方士たちの存在があった。」とされていますから、徐福もその一人だったのでしょう。

時の大皇帝がだまされるくらいですから、徐福には相当の医術薬術の知識や技術が備わっていたと思われます。徐福一行は、古代出雲の人とコミュニケーションをとりながら、出雲の地形や植生や産物を調べました。そして、出雲は鉱物や薬草が豊富で幽玄な環境をもつ土地だということがわかりました。

確かに、出雲は黒鉱(タフ)地帯にあり、銅・モリブデン・銀・黄銅鉱・石灰岩など黒鉱類から派生する鉱物がたくさん埋蔵されています。雲南市大東町などは、モリブデンの全国一の生産量を誇りました。そして、湿潤な気候と複雑な山並みから、たくさんの薬草が取れます。徐福は早速この薬草を人工的に栽培し、その知識を基に薬を調合したりすることにしたのです。

さて、スクナヒコナは、医薬の神様として現在も大阪市の医薬問屋が建ち並ぶ道修町の、スクナヒコナ神社に祀られていますが、中国で医薬の神様である神農氏(しんのうし)もお祀りされており、スクナヒコナと中国の医薬技術の結びつきがわかります。

そして、古代出雲は薬草の生産地として宮中に35種類以上の薬草を献納する土地になったのです。

次に、オオクニヌシが、大やけどをして蘇生する時、やけどの薬を塗ります。また、稲羽の白兎伝説では、赤裸の兎を蒲の穂綿を使った医術で回復させます。そして、これらの事件は、わざわざ『古事記』に物語として載せられているのです。偶然とは思われません。『古事記』の著者は、出雲の医薬技術がいかに先進的なものかと、物語にして特記したのでしょう。また、『伊予国風土記』では、温泉治療の話も載っています。湯治という治療・回復法をオオクニヌシやスクナヒコナは知っていたのです。

これらは、同じ時代に出雲という一地域から発信された事件なのです。ということは、この時代に出雲に大きな技術獲得あるいはイノベーションが起こっていたとしか考えられません。その一番の原因は、徐福一行の突如としての出雲来訪と定住、そして古代出雲人との交流による、技術伝授がもたらしたものと考えるのが妥当ではないでしょうか。

次には、造船技術および金属製法の伝授と「出雲に隠された神 徐福」について考えたいと思います。

閉じる コメント(6)

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大胆にして、緻密な構成になっていますね。わかりやすくて、しかも今まで、自分の中でばらばらにあったものが統合されていく快感もあります。徐福と出雲、今までに考えたこともないテーマでした。わくわくして、次がすごく楽しみです。

2005/12/25(日) 午前 0:04 Yukie Yamamoto

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傑作!頑張ってください。

2005/12/25(日) 午後 6:40 [ kiz**itais*a ]

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kizukitaisyaさん>お久しぶりです。出雲は大きな資産を持っていますが、なんといっても、おとなしいですからねー。

2005/12/26(月) 午前 10:26 [ いずものしげちゃん ]

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<出雲に石灰岩があるのを初めて知り、興味をもちました♪>
こんばんは、再々度(読)お邪魔しています^^。 それはどの辺りにあるのでしょうか? あるとすれば松江あたりか出雲市あたりの東に面した丘陵地と思われますが(量としては松江のほうが多いかも?) 持論ですが『石灰岩の全ては津波が集めた!→my報告書;今の科学が信じようが信じまいが、それは史実です!』があり、それが茶臼山辺りであればその時(BC2001/12/25/am8:30頃) の津波の“波打ち際”が確定できますので・・^^。マイブログ「出雲地方」で推定h70m(?)以下としたような記憶がありますが後でしらべます^^!。 そして、その脇にはその(h)に関した場所に、必ず神社が遺されてありますから、その名前や“謂われ”等がありましたら・・・、だとしたら“天橋立・宮津”にも!?同様に・・・、

2010/12/2(木) 午前 0:30 [ 史実探偵:平 素人 ]

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史実探偵:平 素人さん>一番多いのは鰐淵鉱山のある出雲市の大社と平田にまたがるの山中です。掘り出された石灰岩は今でも河下港にゴロゴロ積んであります。

2010/12/2(木) 午前 9:03 [ いずものしげちゃん ]

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ありがとう御座います。調べてみます。
ざっと見ですが、予想に違い日本海側?なのですね^^。「垂水」という地名もあるようです。「垂水」の意は、津波によって陸地へ乗り上げた海水が戻る状態をいったものだと謎解きしました。鰐や魚介類の骨分Caが後の地熱・地圧等で大理石や石膏に変質することはありますが、これ等に岩塩等が含まれることがあることから『そこは、その昔は海だった!』とするのが現科学(常識)ですが、子供心(私)には、<何故、その地域だけが海なの?→ 何故そこだけが隆起したの?>という疑問が生じ、私には、そのほうが信じられない。(笑) 鰐淵神社・神話の鰐を並べたは?鰐が津波で打ち上げられたか? ちなみに陸中に残る島名よりその時の地球気温は今より15・6℃高かったと推定していますから日本海にもサメがいたのでしょうか?。 ありがとう御座いました。これを手がかりに地図でも調べてみます。

2010/12/2(木) 午後 10:33 [ 平 素人 ]


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