いずものこころ

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島根半島は、東西約70キロに及ぶ長さの、日本海に面した半島です。元々は本土とは繋がっていない「島」でしたが、西の斐伊川、東の日野川からの土砂の堆積で砂州ができ、ついには今日のように陸続きとなりました。

島根半島を有名にしたのは、何といっても『出雲国風土記』の冒頭を飾る、「国引き神話」でした。これは、『古事記』や『日本書紀』にも書かれていない、出雲独自の神話なのです。

『出雲国風土記』によれば、八束水臣津野命(ヤツカミズオミツヌ)が、出雲国は小さすぎるので、各地から土地を引いてきて継ぎ合わせて国を作ったとされています。引いてこられたのが、島根半島の部分となっています。

この島根半島は、四つの部分に分けて引かれてきます。東の「三穂(ミホ)の埼」は北陸の高志から、西の「支豆支の御埼(キヅキノミサキ)」は朝鮮半島の新羅から、その間の「闇見(クラミ)の国」と「狭田(サダ)の国」はそれぞれ「北門(キタド)の良波(ヨナミ)国」、「北門の佐伎(サキ)国」から引いてきたとされます。

ところで、なぜこのような神話が生まれたのかについて諸説があります。今回は、そのことについて書いてみようと思います。

この神話は、まず出雲の国は小さかったので、島根半島を併合して大きくした上で、それを出雲の国としようという建国神話の一種であることです。つぎに、「風土記」は、地理誌的な要素も入れて書くように中央政府から指示が行われていますので、島根半島の地形を比喩的に語るため、地形を俯瞰して四つに分けたと考えられることです。

また、なぜ国を引いたかについて、東西の砂州が「島根島」を陸続きにして、「島根半島」ができたという自然現象を物語にしたものだ、ということを唱えられる人もいます。どれも、骨組みの要素としては成立するものでしょう。

しかし、それだけでしょうか。話がややこしくなる前に、私の仮説の要旨を述べておきたいと思います。私は、この国引き神話は、「本土の出雲」と「島根半島」に生活する人々との、文化複合が成立し、双方の共通の暮らしの場、共同体としての古代出雲が出来上がったことを宣言している神話だと考えるのです。

それ以前は、島根半島、特に日本海に面した「津や浦や浜」に暮らす人々と、本土の出雲(中国山地や平野)に暮らす人々との交流は、異文化交流のようなものだったのではなかったかと思われるのです。

しかも、国引き神話で区分される四つの地域には、それぞれ文化・出自を異にする渡来系の人たちや、日本海海域の北部の人たちが独自の拠点を作っていたり、自分たちの風習や慣習などを深く染み込ませていたのではないのでしょうか。

この前のblog「古代出雲『海人族と古代出雲』の謎」で述べたことを踏まえながら、こうしたことについて探検していきたいと思います。次回にしたいと思います。

閉じる コメント(3)

司馬遼太郎さんの対話集を買い求めたところ、調度今私が読んでいる辺りが出雲の建国の話を語っている部分なのでとても興味深く読ませていただいています。ブログを覗くというよりは、じっくり文献を読ませていただくといった感がありますね。じっくり本腰で読ませていただきます<m(__)m>

2006/5/1(月) 午後 1:59 ぽっと

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ポットさん>ありがとうございます。いろいろコメントください。よろしくお願いします。

2006/5/1(月) 午後 5:33 [ shigechanizumo ]

こちらこそ勉強になります。どうぞよろしくお願いいたします。

2006/5/2(火) 午前 10:49 ぽっと


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