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出雲神話に出てくる「少名彦名(スクナヒコナ)」が、医薬の神として大阪の道修町の「少名彦名神社」に、中国の道教の医薬の神「神農氏(シンノウシ)」と共に祀られていたり、様々な医療医薬に関する伝承や逸話から、古代出雲は医薬の発達したクニだったとの指摘があります。また、このblogでも、何回かその趣旨のことを取り上げました。
このことについて、今回は、少し幅広く考えてみたいと思います。
まず、古代出雲と医薬といえば、一番最初に採り上げられるのが、「因幡の白兎」の話です。ご存知だろうと思いますが、次のような話です。
『オオクニヌシには多くの兄弟(八十神)がいた。八十神が稲羽(因幡)のヤガミヒメを妻にしようと出掛けたとき、八十神はオオナムヂ(大国主)に荷物を全部持たせた。気多(けた)の岬に着くと、丸裸の兎が伏せっていた。八十神は、「お前の体を治すには、海水を浴び、高い山の上で風に当たっていると良い」と教えた。兎がその通りにすると、海水が乾くにつれて皮がひび割れ、さらに傷がひどくなった。』
この話は、ここですでに八十神は、兎の容態がどうすれば悪くなるのかを知っていたということを示唆しています。ということは、八十神たちも、医薬の知識をもっていたことになります。
これに対し、『オオナムヂは兎に、河口へ行って真水で体を洗い、そこに生えている蒲の花粉(蒲黄)を取ってその上で寝ると良いと教えた(蒲の花粉は傷薬に良く使われた)。兎が教えられた通りにすると、体は元通りに直った。この兎は、後に兎神と呼ばれるようになった。兎はオオナムヂに、「ヤガミヒメは八十神ではなくあなたを選ぶでしょう」と言った。』というのです。
オオクニヌシは、兎に正しい治療の方法を教えたのです。しかし、なぜ八十神たちが偽りの治療方法を教え、オオクニヌシは正しい治療法を教えたのでしょうか。もちろん、前後の関係から、八十神たちは「悪」、オオクニヌシは国主となる「善」、あるいは、オオクニヌシこそがヤガミヒメを娶る資格がある、ということを導き出すためのものとも考えられます。
しかし、ここで本当にこの話が伝えたかったことは、治療法を誤ると大変なことになるという、現代にもつながることだったのではないでしょうか。さらに、わざわざ、「真水」・「蒲の花粉」という、具体的なものを挙げていることが注目されて良いと考えられます。つまり、古代出雲は、症例によって具体的な対応ができるレベルの医薬の知識があったことを伝えているのです。この症例のみならず、他の傷や病気にも様々な治療法で対応できる、ということを示しているのです。
ただ、オオクニヌシが、兎に傷のわけを聞くと、『私は淤岐嶋にいて、こちらに渡ろうと思ったが渡る手段がないので、海の和邇(わに)に「お前と私とでどちらが仲間が多いか競争しよう。できるだけ仲間を集めて気多の岬まで一列に並びなさい。私がその上を走りながら数えて渡るから」と言った。
和邇は言われた通りに一列に並び、私はその上を跳んで行って、地面に下りようとする時に「お前たちは騙されたんだよ」と言うと、和邇は私を捕えて皮を剥いでしまった。先程通りかかった八十神に言われた通りにしたら、すっかり傷だらけになってしまった』と説明した記載があるので、ワニとは何かとか、淤岐嶋とはどこかとかの解釈に目を奪われるのです。
さらに、本質を置き去りにして、「陸上の動物が水中の動物を騙して水(ほとんどは川)を渡るという説話は、東南アジアやインドなどによく見られる。元々は大国主とは関係のない伝承を、大国主の話として古事記に取り込んだものと考えられる。」といった比較神話学が持ち出されるのです。しかしそれらの類型には、医薬治療は出てこないのです。従って、ここではそのような、よくある説話ではなく、医薬治療の説話だとされるべきなのです。
次回にしましょう。
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