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出雲の荒神谷遺跡で、それまで全国で発見された銅剣の総数を上回る、358本の銅剣が一括して発見されたことは、人々を驚かせました。しかし、出雲にまつわる神話や伝承には、至るところで『剣』が出て来ます。今回は、このことについて考えてみたいと思います。
まず、『古事記・日本書紀』といった文献に現れる、「出雲と剣」について見てみましょう。なんといっても有名なのは、スサノヲのヤマタノオロチ退治の神話にでてくる二つの剣です。
ひとつは、スサノヲがオロチ退治に使った自らの剣である『十握剣(とつかのつるぎ)』です。もうひとつは、オロチの尾から見つかった『天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)』です。
『十握剣』はヤマタノオロチを退治したときに使用されたということで、武勇の象徴となります。そして、大和政権の武門をつかさどる物部氏の「総氏神」を祀る「石上神宮」に保存されることになりました。
一方、『天叢雲剣』は、数奇な運命をたどります。この剣は、オロチ退治の後「アマテラス」に献上されます。この剣が発見された時、何とも言えない霊気が叢雲のように漂っていたことから、その名が付けられたとされています。さらに、スサノヲノ剣の刃をほころばせたというくらいの名剣でした。
この剣は、その後に日本武尊が東征の時、火攻めに合った時、この剣で草を薙払って難を逃れたことから、「草薙剱」とも呼ばれるようになりました。そして、八坂瓊勾玉(やさかにのまがたま)、八咫鏡(やたのかがみ)、草薙剱(くさなぎのつるぎ)として三種の神器の一つとなったのですが、「熱田神宮」に奉祀されているとされています。
面白いことに、この二つの剣は「銅剣」だったのか「鉄剣」だったのか、説が分かれています。両方とも「銅剣」だという説と、両方とも「鉄剣」だという説、そして、刃がほころんだ『十握剣』は銅剣で、『天叢雲剣』は鉄剣だという説です。
単純に考えると、スサノヲは名前からして「スサ」という鉄をあらわす名を持っているから、その持っている剣も鉄剣であり、オロチは山中で産鉄をしていた部族だから、これも鉄剣ではないだろうか、ということもいえるのではないでしょうか。
その他の説には、熱田神宮の剣は赤土のような土で固められ、幅広のような形をしていたようだから銅剣だというものもあります。
それにしても、こうした「剣」が、出雲を舞台に出現し、かつ最大級に祀られているというのはなぜなのだろうと考え込んでしまうのは、私一人ではないでしょう。次回にしましょう。
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