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講談社選書メチエのシリーズの中に、『倭国の謎〜知られざる古代日本国』という本があります。著者は、古代史研究家の相見英咲氏です。
この本の中に、『出雲古族』という言葉が出てきます。聞きなれない言葉ですが、よく読んでみると、少しその意味がわかりました。興味深い内容でしたので、ご紹介しつつ、私の考えも及ばずながら書いて行きたいと思います。
・・・『天神・天穂日命(アメノホヒ)を祖神とする出雲臣氏と区別するために、古い出雲族のことを出雲古族と呼ぶとすると、出雲古族は、大己貴神(オオナムチ・大国主命)を奉持して、この神やその眷属とされた神の名において、もしくはこの神々になりかわって、多くの地・国を開き立てた人々である。』・・・とされます。
つまりここでは、古代出雲といってひとくくりにするのではなく、ある分類をされています。出雲臣氏と、それより前の出雲古族という集団です。この区別をしないので、天孫族と出雲族がごちゃ混ぜになり、古代の真実の解明ができないのだというのでしょう。
オオクニヌシとその眷属(取り巻き神)を信奉し、多くの地・国を立てた人々のことを、出雲古族というとされています。確かに、今までも出雲の先住民と弥生渡来人といった分類がされてきたことがあります。しかし、学者の方でこれほどまではっきりと先住民に「出雲古族」という名称を与え、さらにその人々達はオオクニヌシを信奉していたとされる見解はありませんでした。
そして、こうした出雲古族が誕生し、活躍した理由を挙げておられます。
・・・『出雲は雲多き地であって、雲はそこから稲妻を生じ龍蛇の神を降ろし、また恵みの雨を降らす。それは出雲を豊かな農業国に育てた。オオクニヌシは、ここにその発展の基礎を築いた。雨・雲の多いこの地は、それ故にこそ、どこにも劣らぬ一等地と考えられた。』・・・。
古代出雲の基礎と発展は、出雲の農業力にあったとされ、その自然面は雲・雨の多い湿潤な土地だったからだとされています。次に、オオクニヌシが『天の下造らしし大神』と称えられていることにつき、次のような解釈をされます。
・・・『ここで、「天の下(あめのした)」とは、出雲一国を意味するのではない。かといって、政治的な「天下(てんか)」概念でもない。大己貴神を奉持して、本州や四国の各地に入植・植民活動を展開した出雲古族の人々があった。このことを反映した言葉に過ぎない。高いところから見ているのではなく、地上から見ているのだ』・・・と。
「出雲古族」は、本州や四国の各地で入植・植民活動を展開したとされています。つまり、出雲の地域で力をつけた人々が、オオクニヌシを掲げて様々な地域へと出かけていき、そこで入植者として開拓をしたり、あるいは植民地としたりしたということなのです。
一気に、わかりやすく論を進めておられますが、少し危ういところが見受けられます。弥生時代に、渡来人ならともかく、自分の土地以外に出かけていって入植したり、植民活動をする必要があったのだろうかとか、出雲の人たちの気質の中に、そのような傾向があったのだろうかとか、出雲が豊かな土地なら、もっとそこを豊かにした方がよいのではないか、などの素朴な疑問が生じます。次回にしましょう。
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