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では、梶谷実さんの興味深い結論とはどのようなものでしょうか。
・・・『鷺銅山からとれた銅で桙をつくり、多くの桙を所有していたから、八千矛神との呼ばれるようになったでしょう。鷺銅山の背にある石クマ之曽宮に鉱山主の大穴持命がいて、杵築(杵那築)で多くの銅桙をつくっていたために八千矛神となった、と解釈した方がよいのではないか、と私は考えています。銅山を訪ねる会では、このような鷺銅山の古代ロマンの究明に当たっています。あなたもぜひ、ご一緒されませんか』・・・とされています。
オオクニヌシは鉱山主で、そこから大穴持命と呼ばれていた。しかも、杵築の地名が示すように、そこでは青銅器の銅鉾や銅剣も作り、多数所有していたので八千矛神とされていたというのが結論です。
私は、梶谷さんの説に賛成する訳ではありませんが、私なりの空想と想像の下に、この説を補強する材料を探してみました。補強などになるのかならないのか、あるいは梶谷さんに叱られるかもしれませんが・・・。
まず、オオクニヌシを鉱山主とされる点については、決して侮ってはいけないものだと考えます。それは、同じく銅の産出地である豊後、豊前、日向を中心として、とてもよく似たことが言えることがあるからです。それは、八幡の神つまり宇佐神宮に関わることです。
この地では、延岡鉱山が示すようにたくさんの銅鉱山があります。また古代より銅の生産が盛んでした。その神が、八幡神なのです。渡来した金属神ともされますが、鉱山を所有して、精錬、加工をしていた人々の信仰に「八幡神」がいるのです。宇佐神宮の祭神は八幡三神であり、この八幡神を中心として宇佐神宮が存在したことは確かなのです。
そしてこの近辺には、銅ばかりではなく「見立鉱山」では近年まで錫(スズ)の採掘が行われていたとされています。とすれば、銅の採掘ばかりでなく銅製品の鋳造まで行えたことになります。鉱山主が金属の神と崇められることは、これらのことからも確認できることなのです。
次に、「杵築」という地名と「桙」とを組み合わせて、銅剣・銅鉾を作っていた場所だとされることについても、宇佐神宮がある大分県には「杵築市」があります。先の産銅地の地域にあるといっても良いでしょう。但し、よくここの地名起源を調べていないので確かなことは言えませんが、梶谷さんの説からすれば、ここでも出雲と同じように銅剣・銅鉾を作っていたから「杵築」になったとも考えられなくはないのです。
さらにいえば、「宇佐神宮」と「出雲大社」は拝礼の仕方が同じなのです。「二拝四拍手一拝」という珍しいものなのです。作家の井沢元彦さんは、ここに出雲大社と宇佐神宮の秘密があるとされています。そして、神宮の由緒書には『もとよりこの宇佐の地は畿内や出雲と同様に早くから開けたところで、神代に比売大神が御許山に天降られたと『日本書紀』に記されています』との記述もあります。
また、私は「古代出雲『出雲と九州』の謎(その9)」で次のように書きました。
・・・『さらに、豊前の地域では、銅鉱石が採れることから、鍛冶の神としての八幡神や、道教との関係、そして原始神道との関係が様々に語られているのです。古代出雲も、銅や、金属の神、道教と古代神道の関係が語られる地域なのです』・・・と。(http://blogs.yahoo.co.jp/shigechanizumo/41380832.html )
梶谷実さんの説は、回りくどくなく、ズバリと書かれているので「おやっ?」と思われがちですが、実は奥深いものではないでしょうか。次回にしましょう。
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鷺銅山は、古代からの露天掘りと考えています。すなはち、弥生時代の銅山の様相を呈しています。出雲の銅に注目して、古代出雲の謎に挑戦してください。−梶谷実ー
2008/1/5(土) 午後 1:36 [ 梶谷実 ]
梶谷実さん>コメントありがとうございます。文章を引用させていただき感謝します。でも、梶谷さんはもっといろいろ書いておられるはずですのに、その論考をあまり見る機会や、どんなものなのか探せないのがとても残念です。また教えてください。これからもよろしくお願いします。
2008/1/7(月) 午前 9:05 [ いずものしげちゃん ]
「古代出雲の大社」(『大社の史話』150号-古代出雲歴史博物館開館記念特集-)で、古代出雲を考える上での基本事項を述べています。上記博物館の売店で販売されていますことを申し添えます。-梶谷実-
2008/1/15(火) 午後 5:39 [ kajitani ]
kajitaniさん>ありがとうございます。もっと教えてください。ところで、最近は、松江にいらっしゃらない速水保孝先生とのお話の中で以前梶谷さんの話が出たり、島根大学の田中義昭先生が、ああ、それは梶谷さんの説だとおっしゃったことがありました。こうした先生方も梶谷さん荷一目置いていらっしゃるのだなと敬服しております。
2008/1/15(火) 午後 5:54 [ shigechanizumo ]
鷺銅山の山中で、支石墓?を発見しました。産経ニュースで載っています。弥生時代に、新羅から銅鉱採掘者等の大集団が渡来して、露天掘りをし、出雲の大量の青銅器文化を形成したと想定しています。『大社の史話』の今月刊行の中で、論じています。
2008/6/11(水) 午前 9:36 [ kajitani ]
kajitaniさん>情報ありがとうございます。県立図書館へいってみましたが、『大社の史話』の今月号はまだありませんでした。読み次第このblogでも採り上げさせていただこうと思っています。楽しみにしています。
支石墓のニュースはこれですね。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080511/acd0805110020000-n1.htm
2008/6/11(水) 午後 5:33 [ いずものしげちゃん ]