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今回は、出雲の妖しいスポットを具体的にフィールドワーク的に訪ねていきたいと思います。
「わけても出雲は神の国」・「神の国出雲」と呼んだのは、旧制松江中学校の英語教師として松江に赴任してきたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)でした。
彼は、外国人としてはじめて出雲大社の宮司に案内されて出雲大社の本殿に参詣しています。その感動を文章にしていますが、それがきっかけで、出雲の古い怪談や昔話を、妻となった小泉セツなどから聞き出して、たくさんの怪談物語として記述しました。
そうした怪談や昔話には、神話の時代や古代のことはあまり載っていません。しかし、松江周辺という限られた場所で語り継がれてきた小泉八雲の多くの怪談からは、いかに出雲という土地柄が妖しいものを抱いていたか、そしてそうしたことを語り継いで来たかということが良くわかります。なぜなのでしょうか。空想したいと思います。
古代の文献である『古事記』・『日本書紀』にも、出雲が妖しい内容を抱えた土地であることを示す物語が載っています。筆頭は、黄泉の国の入口を出雲に当てていることでしょう。そして、国生みの女神である「イザナミ」の陵墓が、伯耆と出雲の境にあるとしています。
さらに、オオクニヌシも黄泉の国(根の国)でスサノヲから、様々な呪術めいた試練を与えられています。国づくりに迷ったオオクニヌシに近づいてきたのは、「妖しき光」でした。また、そのオオクニヌシも、国を譲るにあたって「幽界」を支配するのは私だといって幽界に隠れています。
地元主導で編纂された『出雲国風土記』にも、妖しくて不思議な話が載せられています。黄泉の国の入口として、島根半島の猪目洞窟が「夢にこの磯の窟の辺に至れば、必ず死ぬ。故、俗人古より今に至るまで、黄泉の坂、黄泉の穴と名づくるなり」などと記載されているのです。
また同じく、加賀の潜戸(くけど)についても、出雲四大神の一柱である佐太大神の誕生神話として、カミムスビの子のキサカヒメが「くらき岩屋なるかも」といって金の矢で射たとき、光かがやいたから、加加という名が生まれたという不思議な話や、その近くの岬を航海する時は大きな声を出していないと、船が遭難するということも書かれています。
ポピュラーな話としては、ヤマタノオロチの話や、オオクニヌシが兄弟神の八十神に迫害され二度も死んだが、その度に生き返ったというのも妖しい話といえるのでしょう。
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黄泉の国は出雲の一部で島根県安来市あたりが僧だったのだろうという説を安本美典氏が述べておられます。結構な文献比較をやっているので一度見てみてはどうでしょうか。
2007/9/19(水) 午後 10:39 [ 鉄斎 ]
鉄斎さん>安本美典先生の『邪馬台国と出雲神話』といった本ですね。小さな間違いが多く、安本先生は出雲を本気で歩き回られたのだろうかと思いました。
2007/9/20(木) 午前 9:00 [ いずものしげちゃん ]