|
今年も、たくさんの皆様にアクセスして頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。今年書いてきたことを、シリーズごとに振り返ってみたいと思います。あっちこっちに話題が飛んでしまい、その上前後矛盾するような空想をしているために、皆様を混乱させているのではないかと心配しています。しかし、そこは空想ゆえとご容赦いただきたいと思います。
年初に書いたシリーズは、『出雲大社の謎』でした。『出雲大社』という、第82代出雲国造の「千家尊統(せんげたかむね)」さんの著書を参考にして空想しました。
出雲大社にまつわる『ご神体』・『風水』・『方角』・『神仏分離』・『イツモ』・『国造』・『国土造成』などについて、千家尊統さんの見解を引用させていただきながら、私の空想を付け加えました。
このシリーズで言いたかったことは、天皇家に次ぐ長い系譜を持っている出雲国造家の当主だった方の言葉や見解の重みが、どのようなものであるかということでした。引用をしたり、自分なりに読み解いたりしたのですが、その中には、一字一句も動かすことができないと思われる文章がたくさんありました。また、国造ならではの発言や見解もたくさんありました。ダイジェストのような形で、印象に残ったものを拾い出してみます。
・・・『大社の御神体には御衾(ふすま)をかけ申してあるという』・・・とされ、天孫降臨の際の「真床覆衾(まどこおおふすま)」を連想し、・・・『神霊の尊貴は、これを覆い外界と遮断するものがなければ、まことに畏れ多いとしたのが人々の古くからの考え方であった』・・・『ご神体』
・・・『大社の鎮座地はいわゆる四神相応の地であって、東に川が流れ、南に田圃(たんぼ)、あるいはたまり水があって、古くは国造を水葬したという菱根の池の一部で、今日は神苑になっている。西は長道で、鵜鷺(うさぎ)に通ずる往還があり、北は宇迦の山脈が控えており、すこぶる景勝の地である。』・・・『風水』
・・・『イツモのモとはモノのモであり、このモノという観念をあらわすために、雲という漢字を仮にあてたのではないか、と私はおもっている。申すまでもなくイツモのイツとは厳ということであって、霊威や神威を示す言葉である。』・・・『イツモ』
・・・『出雲国造は意宇郡大領を兼帯し、大庭にとどまっていた。(中略)、とするならば意宇郡大領兼帯という政治的権威を失った平安初期に、意宇郡には大庭の熊野の神の遥拝祠ならびに国造館をのこして、大国主神鎮座の杵築の地にあげて移転し、宗教的権威にひたすら生きることになったのではあるまいか。』・・・『国造』
・・・『それは要するに、出雲神話は『古事記』や『日本書紀』という、大和朝廷の立場で編纂した神話体系の一部に組みこまれてはいるが、本来は、それ自身でまったく独立した、体系神話であり、ただそれが高天原神話の一部に編入された結果、天地開闢(かいびゃく)の記事や、国土造成の記事を喪失させたのであろうと推定された。』・・・『国土造成』
詳しくは、http://blogs.yahoo.co.jp/shigechanizumo/43877701.html
|
興味深い情報に出合えたことを喜んでおります。。。フィクションですが、推古天皇の小説を読み始めたところなので、日本古来の神道と仏教について、あらためて考えなおしています
2007/12/12(水) 午後 4:34 [ ポストカード1枚 ]
postcard1maiさん>ありがとうございます。神道と仏教の関係はどの視点から考えるのかによって、いろいろ様子が変わるように思っています。優劣・教典の有り無しなどなど・・・。
2007/12/12(水) 午後 5:43 [ shigechanizumo ]
いつも興味深く読ませてもらっています。
「みんなで山陰」でブログのことを知りまして、拝見しております。
出雲の謎、とても奥が深く、わくわくします。
諏訪や常陸、関東の氷川神社等、全国の当時のネットワークのことを特に知りたいと思っています。
2007/12/13(木) 午前 8:36 [ tommon ]
tommonさん>そうですね。今の出雲は出雲の中のことばかり宣伝していますね。ご指摘のように、古代出雲が作り出した全国ネットワークを掘り起こして、連携して宣伝するといいですね。
2007/12/13(木) 午前 9:00 [ いずものしげちゃん ]