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『出雲国風土記』は、出雲国の9郡のひとつに「楯縫郡」を載せています。この郡の地名由来は、・・・『神魂命が「所造天下大神(大穴持命)のために、高天原風の大きさ・構えで立派な宮殿を造れ」と詔し、子神の天の御鳥命を武器の楯を造る氏人として天降りさせ、大穴持命の宮におさめる調度品の楯を造り始め、今に至っても楯・木牟をつくって奉っているので楯縫という』・・・というものです。
『出雲国風土記』によれば、ここは「北門(きたど)の佐伎(さき)の国」から引き寄せられた土地だとされています。しかし、現在、出雲郡や意宇郡に比べて、あまり有名ではなく、大きな神社もないところです。
ところが、よく調べると不思議なことがたくさん詰まっているような地域なのです。結論を先に述べると、この地域は、対面する出雲郡の荒神谷遺跡がある地域と相並ぶような、古代出雲の有力地ではなかったのではないかと考えられるのです。今回はそうしたことについて空想したいと思います。
特筆すべきは、この郡には出雲の四つの神奈備山の一つである「大船山」があることです。『出雲国風土記』には、・・・『神名樋山、嵬の西に石神あり。往の側に小さき石神百余りあり。天御梶日女命、多久の村に来たりて多伎都比古命を産む。石神は、即ち是、多伎都比古命の御託なり。旱りに当りて雨を乞う時は、必ず雫らしめたまふ』・・・とあります。
この文章のキーワードは、「石神」・「天御梶日女命(アメノミカジヒメ)」・「多伎都比古命(タギツヒコ)」・「雨を乞う」と考えられます。少し調べてみましょう。
「石神」・・・大船山(327m)には、たくさんの岩や石があります。その中のあるものは、ただの石ではなく「石神」であるとされているのです。確かに、大船山の山頂近くには「烏帽子岩」と呼ばれる大岩があり、その周辺には大小の岩があります。
「天御梶日女命(アメノミカジヒメ)」・・・この女神は、「アジスキタカヒコネ」の妻神になった女神です。アジスキタカヒコネは、オオクニヌシと宗像三女神の一柱である「タギリヒメ」との間に生まれた男神です。アジスキタカヒコネとアメノミカジヒメの間には、「多伎都比古命(タギツヒコ)」が生まれたとされているのです。
「雨を乞う」・・・とは、「雨乞い」を示すのですから、旱魃の年などにはこの山で雨乞いの呪術が執り行われていたと考えられます。そのシャーマンがアメノミカジヒメだったのではないでしょうか。
これだけを見ても、実は重大な関心を寄せるべき地域だといえるのではないでしょうか。アジスキタカヒコネは、鋤や鉄器そして農耕の神とされています。その神と、豊穣には欠かせない適切な降雨を呼ぶ女神である、アメノミカジヒメが組み合わされているのです。
さらに、その二神の間の御子神の名前が、祖母神であるタギリヒメと類似する「タギツヒコ」なのです。意味のないことだとは思われません。
そして「石神」を祀っているということは、縄文以来の自然崇拝の正統な信仰がこの地域に根付いていたということを示すのです。
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