|
『日本書紀』・『古事記』は、その「神代の巻」の中に、実は史実に近いことを神話としていくつか放り込んでおいたのではないかという推測が成り立つということを、今まで何度か指摘しておきました。
今回は、「国譲り神話」における、二番目に出雲に送り込まれた「アメノワカヒコ」について、その検証を空想してみたいと思います。というのも、大和政権の国土統一は、『記・紀』において大きなストーリーとして書かれていますが、よく読むと、決してその道のりは平坦ではなかったと思わせる記述が、「神代の巻」にも「人代の巻」にも出てくるのです。
前に推測したように、「人代」において起きた出来事を、象徴化したり、変形させて「神代の巻」に放り込んでいると思われる部分もいくつか空想できるのです。では、なぜそのような作為をしたのかと考えると、あることはあまりにも生々しいからとか、隠しておきたいが、どこかに暗号のようにその片鱗を残して置きたいという、ある意味では権力者とは異なる「歴史叙述者」が持つ独特の想念が働いたからではないかと思われるのです。
確かに、『記・紀』は、大和政権の成り立ちと、その正統性を主張するために書かれたものです。しかし、編纂の過程において、その編纂を命じられた歴史叙述者は、数多くの先行する史料や伝承や伝聞という資料を手中にし、見聞きしていたはずです。
命じられたことは、いかにも「大和政権の成り立ちとその正統性を主張すること」だったのですが、史料・伝承・先行文献の取捨選択の過程で、このことをそのまま書くわけには行かないが、どこかに残して置きたいとか、いずれ真実が語られる時のために何らかの形で残して置きたいなどといった心理も、当然働いていたように思うからです。
というのも、歴史叙述者もいずれはこの世からいなくなる自分のことを知っていますから、せっかく自分自身が耳目した史料や伝承や先行文献に基づく確信や真実と思ったことが、誰にも知られずに埋もれてしまったらどうなるとか、自分がおこなった変形や創作のために歪められたままでいたらどうなるのだろうという感情を持っていたに違いありません。
そこで、後世の深読みや、真実発見のための手掛かりのために、様々な暗号にも近い物語や、挿話を織り込んだと考えることも出来るのではないでしょうか。もっとも、『日本書紀』は、「一書(あるふみ)第何番」といった形で、本文とは異なる史料や伝承や異伝を数多く載せています。この手法は、ある意味では公正なようですが、それでもなお、そこから漏れてしまう真実をどのように忍ばせたのか、その読み解きをしてみたいと思います。
|
同僚が仕事中(…)見つけたブログで 私ハマリました。
いつも楽しく読ませて貰っています。
大変でしょうが、お互いがんばりましょう。
2008/5/27(火) 午前 11:31 [ 由衣たん ]
由衣たんさん>ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。楽しんで読んでいただけてうれしいです。
2008/5/27(火) 午後 3:54 [ shigechanizumo ]
自作『八雲立つ……』では後半で出雲巡りをしました。
2008/6/5(木) 午後 8:38 [ ki1*a2 ]
喜多圭介さん>すばらしいですね。ゆっくり読ませてもらいます。これからもよろしくお願いします。
2008/6/6(金) 午前 9:15 [ いずものしげちゃん ]
出雲国風土記などを読みますと、意宇郡安来郷の話に、語臣猪麻呂という、語部の長官らしい人物が見受けられます。語部とはその国の王の王権の正当性は神から与えられたつまり、後世にもみられる王権神授説の番人のような役割をしていたのではないだろうか。
そう考えると、出雲に一定の王権が存在していたことになり、記紀は前王権の活躍していた民衆の記憶に寄り添う形で、神話化しその後継たる由縁を描いたものとも考えられます。
とにかく、中国のように王朝の交替によって、前王朝が過度に悪者にされるような書き方ではないところが実に日本的かなあという感想をもちます。
2008/6/15(日) 午後 5:59 [ 御厨 ]