|
『大社の史話』154号(2008・6発行)に、「鷺銅山の支石墓問題」と題する梶谷実さんの論文が載っているのを、今日確認し読了しました。100人ぐらいの旧新羅の人達が渡来して、銅山開発をし、不幸にも亡くなった技術リーダーが、故地の墓制である支石墓に埋葬されたとされています。その他にも様々に論証されていますが、ご自身でもう少しいろいろな角度からの根拠が欲しいとされています。 |
古代出雲の豆知識
[ リスト ]
こんにちは、ゲストさん
[ リスト ]
|
『大社の史話』154号(2008・6発行)に、「鷺銅山の支石墓問題」と題する梶谷実さんの論文が載っているのを、今日確認し読了しました。100人ぐらいの旧新羅の人達が渡来して、銅山開発をし、不幸にも亡くなった技術リーダーが、故地の墓制である支石墓に埋葬されたとされています。その他にも様々に論証されていますが、ご自身でもう少しいろいろな角度からの根拠が欲しいとされています。 |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報
面白い記事ですね。ウイグル族、ユダヤ人説の秦一族の流れもからむかも。
2008/7/8(火) 午後 4:22 [ ki1*a2 ]
喜多圭介さん>なんと、その軍船を退治したのが「神の宮」すなわちスサノヲが祭られている宮の鳴動=「征矢落つるが如く飛びゆき」だったというから驚きです。すごい因縁を感じます。
2008/7/9(水) 午後 3:47 [ shigechanizumo ]
こんにちわ、お久しぶりです。
紀元前二世紀なら前漢の武帝が朝鮮に楽浪郡を置いた時期ですよね。
この時すでにあったのでしょうか。
出雲の国風土記には新羅から土地をひっぱってきて島根半島にくっつけたとありますが、これは島根から渡ってきた人が土地を切り開いたと解釈できないでしょうか。
2008/8/13(水) 午後 5:15
ヒロシさん>相互交流という観点からすればそうとも言えるように思います。
2008/8/18(月) 午前 9:03 [ いずものしげちゃん ]
こんにちは
初めまして
大変興味深く読ませていただきました
孝霊天皇の伝承が日野川沿いに幾つも残っているで、日御碕神社の伝承も事実であると思います
ただし、3世紀の崇神からさかのぼれば、2世紀後半の事と思われます
この事件を『出雲風土記』がまったく無視していることについては、どう思われますでしょうか
2009/9/22(火) 午前 10:15 [ rokujigen ]