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日本海海域と中国山地にオオクニヌシを中心とする出雲系の神々の伝承や、ある意味では史実と結びつくような足跡を見ることは不思議ではありません。しかし、瀬戸内海を挟んだ四国にオオクニヌシなどの伝承が残されていたり、オオクニヌシを主祭神とする有力な神社があることは、どのように考えたらよいのでしょうか。
今回は、香川県の「金刀比羅宮」と「道後温泉」を中心に、その謎を空想したいと思います。「金刀比羅宮」の主祭神は、大物主神(オオモノヌシ)とされていますが、オオクニヌシと同神だとされています。また、「道後温泉」については『伊豫国風土記』の逸文に、オオクニヌシとスクナヒコナの伝承が出てきます。
まず、「金刀比羅宮」の由緒から探ってみましょう。ここのオフィシャルHPによれば、次のように述べられています。・・・『金刀比羅宮には主たる祭神の大物主神(おおものぬしのかみ)とともに、相殿(あいどの)に崇徳(すとく)天皇が祀られています。大物主神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の弟、建速素盞嗚命(たけはやすさのおのみこと)の子、大国主神の和魂神(にぎみたまのかみ)で農業殖産、漁業航海、医薬、技芸など広汎な神徳を持つ神様として、全国の人々の厚い信仰を集めています。』・・・とあります。
なぜ「金刀比羅宮」に祀られているのかについては、・・・『古伝によれば、大物主神は、瀬戸内海の海水が深く湾入し、潮が常に山麓を洗う、湾奥に横たわる良き碇泊所であったこの琴平山に行宮を営まれ、表日本経営の本拠地と定めて、中国、四国、九州の統治をされたといわれています。その行宮跡に大神を奉斎したと伝えられています。』・・・とあります。驚くべきことに、「琴平山」を「表日本経営の本拠地と定めて、中国、四国、九州の統治をされた」とあるのが注目されます。
さらに、途中を省略しますが、・・・『金刀比羅宮のひとかたの祭神、大物主神の和魂もまた、人々に幸せを与えられる幸魂と霊妙な力をお持ちの奇魂とに分かれています。不安定な日本の国を安定させるために、大国主神(荒魂)が中心となり、国造りを行われて来ましたが、平定した国をよりよく治めるためには大物主神(和魂)の持っている五穀豊穣や平安を祈る力がどうしても必要でした。こうして日本の国は、大国主神の国造りを終えられたところで、大物主神の力に委ねられることになります。』・・・との内容も注目すべきものだと考えられます。
すなわち、国造りは「大国主神(荒魂)」が中心となり、その後平定した国をよりよく治めるために「大物主神(和魂)」が出現し、それを主祭神としているとされているのです。
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金刀比羅宮は古代伝説と結びついているようですが、それではコンピラの本家はどこでしょうか?
ネパールのヒマラヤ山中にあるクンビーラ山だという説があります。
クーンブ地方(エベレストに近い)にある山で、ネパール人は神の山として敬っています。
クンビーラ→コンピラ→金刀比羅だというのですが、真偽のほどはヒマ吉も知りません。クンビーラをTBさせていただきます。
2009/7/3(金) 午後 0:00
横浜ヒマ吉さん>・・・『香川県仲多度郡琴平町の金刀比羅宮は、本来は寺院だったものを神社に変更してしまい、その際本尊としては十二神将の一人の宮毘羅大将だったものを大物主大神に変更している。』・・・といった指摘もありますね。いろいろなものが習合しているようで・・・。
2009/7/3(金) 午後 4:01 [ shigechanizumo ]
神仏習合が作り出した。宗教統合の結果、全国の神社は
『 天社(あまつやしろ)・ 国社(くにつやしろ)
といった格づけがされ、国家規模の神祇制度に
組み込まれた 』ということではないのでしょうか。
2009/7/3(金) 午後 7:47 [ 羽木 鉄蔵 ]
藏(くら)さん>国家施策の宗教形態と、自然な流れの宗教形態とは少し違った角度から検討する必要もありますね。
2009/7/4(土) 午前 9:03 [ いずものしげちゃん ]
こんばんわ♪ ご無沙汰をしてました^^!)
次への記事の予定もなく、ブログ探訪をしています。
おブログで衝撃的な<文>を見つけ、驚いています。
・・・『古伝によれば、大物主神は、瀬戸内海の海水が深く湾入し、潮が常に山麓を洗う、湾奥に横たわる良き碇泊所であったこの琴平山に行宮を営まれ、・・・と、あったからです。
BC.2001年12月25日の朝6時。巨大隕石を因に東北で発した大津波は、概算で紀伊水道に7:35分! 豊後水道経由、豊予海峡辺りに8:00頃到達します。瀬戸内の地図を御覧になって頂ければ分かると思いますが<大槌島>をXの交差点にして西と東がそれぞれV字湾奥になっています。津波はご存じのようにV字湾奥で極端に潮位が上がります。祖先はそれを<多度津>とか、<下津井>の地名で遺していると推んではいましたが、これほど具体的に、その津波を『古伝』として語られていることに驚きを禁じ得ません。下津井港はよ〜ぉ、(津波が?)入りよって出えよってよ〜ぉ。と唄われてもいます・・・が?、^^!)
2009/7/4(土) 午後 11:47 [ 史実探偵: 平 素人 ]
史実探偵: 平 素人さん>お元気でしたか。いいところに着眼されますね。どんどんコメント下さい。
2009/7/6(月) 午前 8:59 [ いずものしげちゃん ]
古代からほぼ歴史に四国はでてきませんが、それが不自然だと昔から思ってたのでこの記事を見てなんだか納得できました。
国津神系の要所だったからこそ天津神系は四国は黄泉の国にされたのかも。
2019/8/3(土) 午前 11:05 [ 匿名 ]