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朝日新聞社から2003年に出た朝日選書に、『日本の道教遺跡を歩く』という本があります。その中で、出雲と道教の関係らしきものが書かれています。「大陸から伝えられた雲の信仰」という小論です。今回は、この中の指摘を抜き出しながら空想したいと思います。 ・・・『西川津遺跡は、出雲の縄文時代に対して、新しい弥生文化をもたらした人々の生活の跡である。初めて住みついた人々、あるいはその子孫たちが、南に望む八雲山を道教思想に基づくよみがえりの山とみなして神聖化した可能性はある。』・・・として、雲南市大東町の「須我神社」の背後にある八雲山について、スサノヲとの関係で考察されます。 ここでは、・・・『「八雲」そして「出雲」は道教の雲の信仰と関係が深い。「八雲」とは八重の雲を意味し、道教教典『真誥(しんこう)』協昌期編にみえる。また「出雲」の語は雲のわき出るところをいい、『礼記』孔子間居編に「山川は雲を出だす」と、また道教詩人であった陶淵明の「帰去来辞」に「雲は無心にして岫(ゆう=山の洞穴)を出づ」などとある。』・・・ ・・・『これらの雲は道教の神学では「黄帝、道を得て雲天に登る」「かの白雲に乗って帝郷(神の国)に至る」(『南華真経』天地編)などのように神仙世界(高天原)を象徴するか、そこへの乗り物を意味する。』・・・とされています。 さらに、・・・『また「八重垣」をめぐらした「須賀の宮」の「すが(清)」も、道教教典『大平経』の「神道来り、清明見(あらわ)る」「清き者濁れるを治む」などの「清」と同義語である。このようにみると、「八雲立つ出雲」は道教思想そのものの表現であることは間違いないであろう。』・・・とされています。 『「八雲立つ出雲」は道教思想そのものの表現である』・・・『間違いないであろう。』・・・とされていますが、鵜呑みにして良いものでしょうか。ここまでの論法は、道教教典のここにこうあるとか、これは道教のこれと同義語であるといったことを根拠付けに使ってあることが特徴です。「道教によればこうであるから、そうでないという説明は間違いである」とはしてないのですが、とてもきわどい論証ではないでしょうか。 とはいえ、今回はそうしたことを批判するのが目的ではありません。そうした見方も出来るのかなといった形で、この小論(といっても紀行文のようでもありますが)が、どのように出雲と道教思想を絡ませているのか、道教についての知識が皆無といっても良い私ですが、それなりにたどってみたいと思います。 |
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