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『神魂神社(かもすじんじゃ)は、島根県松江市大庭町にある神社である。旧社格は県社で、意宇六社の一社。』・・・という神社があります。最古の大社造とされ、国宝に指定されています。しかし、「神魂」という名は謎が多く、気にかかることが沢山あります。 まず、「社伝」を引用しておきましょう。 ・・・『当社は大庭大宮とも云ひ出雲国造の大祖天穂日命が、此地に天降られて御創建、伊弊冊大神を祀り、出雲大神、出雲国の総産土大神、として天穂日命の子孫(大社町、北島、千家両国造)は元正天皇霊亀二年(716)に至る二十五代果安国造迄祭主として奉仕、斉明天皇の勅令により、出雲大社の創建なるや、杵築(大社)へ移住したる。』・・・、 ・・・『しかし、国造就任の印綬とも云ふべき神代ながらの神火相続(おひつぎ)式、並に新嘗祭を執行の為め、現在も当社に参向されている。従って大国主命の国譲も、出雲朝廷のもと国造として祭政を執った当社が古代出雲の神都であり、毎年十月には全国の八百万の神々が集ひ給ふ神在祭も行はれている。』・・・、 ・・・『本殿は民族祖先の独創になる日本最古の建築様式で天地根元造の形態を有する大社造として国宝(本殿。内殿。古代心の御柱の一部共)に指定され全国に現存する大社造としても最古(正平元年)のもので素朴雄大、本殿内は狩野山楽土佐光起の筆とも伝えられる大壁画九面にて囲まれ、天井の九重雲は(出雲大社は七重雲)日本建国の創業を物語る貴重な神話を伝う。』・・・とされています。 創建は、高天原から国譲りの交渉に出雲に派遣された「天穂日命」だとされています。そして、その子孫である出雲国造が祭主として奉仕したとあります。現在、出雲国造家は出雲大社に移っていますが、「神火相続(おひつぎ)式、並に新嘗祭」を執行するために参向しており、「神在祭」も執り行われているとのことです。 そして、当社こそ「古代出雲の神都」であるとされています。では祭神はといえば、・・・『伊弉冊大神(イザナミ)を主祭神とし、伊弉諾大神(イザナギ)を配祀するとしている』・・・のであり、なぜか「神魂命=カミムスビ・カミムスヒ・カムムスビ」ではないのです。 また、「神魂神社」の名は、『出雲国風土記』や、『延喜式神名帳』には載っていないのです。そして、・・・『文献における初見は承元2年(1208年)の鎌倉将軍下文であり、実際の創建は平安時代中期以降とみられている。』・・・との指摘があります。ところが、「神魂命」の名前は、『出雲国風土記』に何度も出てくるのです。探検してみましょう。 |
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この辺りは初めてお邪魔したのが、40年前に
なりますね ^^。
2010/5/27(木) 午前 9:05 [ 羽木 鉄蔵 ]
藏(くら)さん>それはそれは・・・。藏さんはもっと若いお方と思っていました。そろそろ御再訪を。
2010/5/27(木) 午前 10:42 [ shigechanizumo ]