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明けましておめでとうございます。今年も空想を続けたいと思います。よろしくお願いします。 今年最初の空想は、「越の八口」ということについてです。「越の八口」とは、『出雲国風土記』に、・・・『大穴持命、越の八口を平げ賜ひて還り坐す』・・・という記載があることから、この「越の八口」とは何を指すのかということについて、様々な解釈がなされているのです。 まず、「越の八口」とは固有の地名であるとする見解があります。具体的に現在に残る地名を引いて、そこのようだと比定する考えがあります。「高岡市八口(やつくち)」ではないかとか、「岩船郡関川村」ではないかとされるのです。こうした考え方が一般的ですが、本当に固有の地名であろうかと疑ってみる必要があります。 次に、「八」といえば思い出す有名な神話があります。スサノヲによるヤマタノオロチ退治です。このオロチは、「高志」のヤマタノオロチとされています。更に、八つの頭と八つの尾を持っていたとされています。そこから次のように考える説があります。 ・・・『『出雲国風土記』には須佐乃男命と八俣の大蛇の関連は全く見えないし、須佐乃男命の伝承は数も少なく、『記・紀』が描くような偉大な姿は感じられない。むしろ、大穴持命(大国主命)が、越の八口を平らげたという伝承が注目される。八口は、地名と思われるが、クチは蛇と同語だともいう。大穴持命の方が、大蛇退治の原形だったかもしれない。』・・・とされるのです。 そして、・・・『なお、岩波風土記では「越の八口」について「クチはクチナハ(ヘビ)・クチバミ(蝮)と同語。記紀に八岐の大蛇とあるのと同じ。或いはそれを地名化した伝承か。越後國岩船郡関川村に八ツ口がある。」と頭注している。』・・・とされています。 つまり、スサノヲのヤマタノオロチ退治は『古事記』において語られたものですが、この伝承は『出雲国風土記』には載っていないのです。そこで、地元の伝承として残ったのは『出雲国風土記』における、オオクニヌシのオロチ退治であり、それがむしろ原型ではないかとされるのです。 今回はこの二点について、様々な面から空想したいと思います。地名でなければ何であるのか、オオクニヌシの越の八口の平らげはオロチ退治と関係するのかということです。 |
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明けましておめでとうございます。
昨年暮れに出雲と大和朝廷、伊勢神宮を取上げた特番がありました。お正月の準備をしながら見ましたが、神話と史実のおもしろさを伝えていて興味深いことでした。今年も楽しみに訪問させていただきます。よろしくお願い致します。
2011/1/5(水) 午前 10:14
ゆずさん>今年もよろしくお願いします。
2011/1/5(水) 午後 4:56 [ shigechanizumo ]