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現在の出雲大社は、明治時代になってからの名称で、それまでは「杵築(キヅキ)大社」と呼ばれていたとされています。 なぜ「杵築大社」と呼ばれていたかというと、それは『出雲国風土記』に載っている、「杵築」という地名からであって、その地名起源は、・・・『地名「杵築」の由来については、出雲国風土記出雲郡杵築郷の條に「(前略)八束水臣津野命之国引給之後、所造天下大神之宮、將造奉而、諸皇神等、参集宮處、杵築、故云寸付、」と記しているように、諸皇神達がこの大社(現出雲大社)をキヅき給うたので「キヅキ」と称するようになったと伝えている。そして神亀三年(726)に社名の示す「杵築」に字を攻めたという。以来、この大社を「杵築大社」と称するようになった。』・・・とされています。 そして、この大社は、その他にも、・・・『天日隅宮(日本書紀)・天日栖宮(出雲国風土記)・出雲石同之曾宮(古事記)・杵築宮(釋日本紀)・出雲宮(八雲御抄)・嚴神之宮(日本書紀)・出雲大神宮(日本書紀)・杵築大神宮(和漢三才円會)・所造天下大神宮(出雲国風土記)』・・・などと呼ばれていたとされています。 出雲大社=杵築大社の主祭神は、オオクニヌシとされています。オオクニヌシは、多くの別名を持っていたとされています。列挙すると、・・・『大已貴神(古語拾遺)、大穴持命(延喜式)、大物主神(日本書紀)、葦原醜男神(日本書紀)、八千矛神(古事記・日本書紀)、所造天下大神(出雲国風土記)、国作之大神(延喜式)、国堅大神(播磨国風土記)、大地主神(古語拾遺)、大国魂神(古語拾遺)、顯国魂神(古事記)、広矛魂神(古事記)』・・・などとされています。 一方で、・・・『「所造天下大神」すなわち「杵築大神」』・・・といった表記に出合うことがあります。しかし、よく見ると「杵築大神」という呼び名は、『古事記・日本書紀』、『出雲国風土記』などには載っていないようなのです。 『出雲国風土記』には四柱の大神が登場しますが、その四大神とは「所造天下大神( オオクニヌシ)、熊野大神、佐太大神、野城大神」であって、「杵築大神」は出てこないのです。そこから、「所造天下大神」と「杵築大神」は同じ神なのだろうかとの疑問が浮かびます。 しかし、「オオクニヌシ=所造天下大神=杵築大神」とされる所以は、「杵築」の地に祀られているから「杵築大神」と呼んでも良いのではないかとの反論が予想されるのですが、簡単にそのように判断して良いのでしょうか。これが今回の謎の始まりです。 |
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出雲大神宮(日本書紀)とのことですが、日本書紀にそのような記述は見当たりません
日本書紀で神宮と記述されるのは、伊勢神宮と石上神宮だけです
2017/6/15(木) 午後 0:39 [ inr*20*4 ]