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フツヌシとは、・・・『経津主神(フツヌシ)は日本神話に登場する神である。『日本書紀』のみに登場し、『古事記』には登場しない。 別名、斎主神(イワイヌシ)、伊波比主神(イワイヌシ)。『出雲国風土記』では布都怒志命として登場する。』・・・とされている神です。現在は、「香取神宮」で主祭神として祀られていますが、その他に、「春日大社」では経津主神が建御雷神らとともに祀られています。 『日本書紀』の神産みの第六の一書によれば、この神は、・・・『伊弉諾尊が軻遇突智(カグツチ)を斬ったとき、十束剣から滴る血が固まって天の安河のほとりの岩群となり、これが経津主神の祖である』・・・とされています。 第七の一書では、・・・『軻遇突智の血が天の安河のほとりの岩群を染めたことにより岩裂神・根裂神が生まれ、その御子の磐筒男神・磐筒女神が生んだのが経津主神である』・・・とされています。 しかし、この神を有名にしたのは、何といっても「国譲り神話」に登場したことです。『日本書紀』によれば、葦原中国平定では建御雷神(タケミカヅチ)とともに出雲へ天降り、大国主命に国譲りを迫ったとされているのです。 また、『出雲国造神賀詞』では、・・・『天の夷鳥の命に布都怒志の命を副へて、天降し遣はして、荒ぶる神等を撥ひ平け』・・・という形で登場しています。そして、・・・『神名の「フツ」は刀剣で物がプッツリと断ち切られる様を表すもので、刀剣の威力を神格化した神である。』・・・というのが一般的な神名の由来とされています。 ところで、この経津主神(フツヌシ)と関係するのではないかとされているのが、「布都御魂(フツノミタマ)」です。この「布都御魂(フツノミタマ)」は、・・・『神武の治世にあっては、物部氏の祖と言われる宇摩志麻治命(ウマシマジ)が宮中で祭ったが、崇神天皇の代に至り、同じく物部氏の伊香色雄命(イカガシコオ)の手によって石上神宮に移され、御神体となる。同社の祭神である布都御魂大神(フツノミタマ)は、布都御魂の霊とされる。』・・・という霊剣だとされています。 ここから、・・・『布都御魂を祀る石上神宮が物部氏の武器庫であったと考えられていることから、経津主神も元々は物部氏の祭神であったと考えられる。後に中臣氏が台頭するにつれて、その祭神である建御雷神にその神格が奪われたものと考えられている。』・・・との指摘が出てくるのです。 少し話が複雑になりましたが、そこには様々な謎があるようなのです。 |
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興味深く拝読いたしました。
2011/5/23(月) 午後 5:21 [ IZM ]
IZMさん>ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
2011/5/24(火) 午前 9:22 [ shigechanizumo ]