いずものこころ

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出雲平野の北側に位置する北山山脈の南側、『出雲国風土記』では「出雲郡伊努(いぬ)郷」と呼ばれた地名だったところに、大変興味を引く遺跡があります。島根大学の「遺跡データベース」では、場所は出雲市東林木町、時代は弥生、古墳、奈良、平安、中世、近世、近現代にわたるもので、遺跡の種類は集落跡、官衙跡、その他の墓とされています。

島根県立古代出雲歴史博物館によれば、・・・『2002年(平成14)〜2003年(平成15)に発掘された青木遺跡発掘の記録。最古型式の四隅突出型墳丘墓、掘立柱建物跡、国内最古級の神像、絵馬、社の名が記された木簡などが発掘されました。一体、かつてこの地はどのような場所だったのでしょうか。』・・・と紹介されています。

では、どのようなものが見つかったのでしょうか。共同通信の記事などによって順番に追ってみましょう。

まず、・・・(2003/01/30共同通信)『島根県出雲市の青木遺跡で、弥生時代後期の1−2世紀とみられる近畿式銅鐸(どうたく)の一部が見つかり、同県埋蔵文化財調査センターが30日、発表した。島根県の出雲地方は、紀元前3世紀から紀元前後の銅鐸が加茂岩倉遺跡などで大量に出土しているが、いずれも音を鳴らす「聞く銅鐸」。祭祀(さいし)の道具として安置するようになった近畿式など「見る銅鐸」は初めて。近畿式銅鐸の出土場所としても最も西で、同センターは「出雲の弥生社会研究に新たな展開を導く貴重な資料」としている。』・・・、

・・・『出土したのは、高さ60−70センチある銅鐸のつり手部分に付いていた渦巻き状の「飾り耳」で幅約6センチ、高さ約3.5センチ、厚さ3−4ミリ。外部から持ち込んだとみられる。出雲地方は弥生後期、銅鐸が姿を消す一方で、四隅突出墓が建設され、独自の文化を築いたと考えられてきた。』・・・という発見がありました。

これについては、・・・『島根県出雲市の青木遺跡で見つかった弥生時代後期の近畿式銅鐸(どうたく)片は、女性の人骨とともに副葬品として墓に埋めた可能性が高いことが分かり、同県埋蔵文化財調査センターが26日、発表した。同センターによると、銅鐸は祭祀(さいし)に使う集団の宝として扱われ、墓から出土した例はなかった。しかし今回の銅鐸片は若い女性とみられる人骨の頭のすぐ横で見つかり、同センターの卜部吉博副所長は「銅鐸の性質を考え直す議論が起きる可能性がある。銅鐸研究に一石を投じる発見」と話している。』・・・との解説もあります。しかし、驚くべき発見は、これからが本番だったのです。

閉じる コメント(2)

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いきなりここへ行き着いた人は、驚きとそそられることで

しょうね〜 ^^。

2011/6/15(水) 午後 2:01 [ 羽木 鉄蔵 ]

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藏(くら)さん>ありがとうございます。今度のもよろしくお付き合いください。

2011/6/15(水) 午後 2:53 [ shigechanizumo ]


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