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それまでの日本列島内の地域支配の形態について、江上波夫先生の次のような指摘が参考になります。
・・・『北九州にはじまった水稲農耕中心の社会経済の全列島的拡大と、それら住民の上をおおった呪術宗教的農耕神崇拝、その祭祀、儀礼を司った神官、大地主らの呪術宗教的・神権的・権威主義的支配が地方別に、またときには全国規模で伸長していったことである。これらが弥生時代から古墳時代前期までの日本列島の倭人の民族的・社会経済的・国際的なあり方、動向であった。』(『日本民族と日本文化』「日本民族の成立過程と統一国家の出現」)・・・。
なるほど、そうした傾向は地域の支配形態・統治形態にも深く浸透していたと思われます。先に挙げた卑弥呼は、「鬼道によって人を惑わす」という呪術的・巫女的な能力を持っていたために、倭国の女王に推戴されています。しかし、決して、ある高貴な系譜に連なっていたからという理由で女王に推戴されたわけではないのです。
ところが、・・・『呪術宗教的農耕神崇拝、その祭祀、儀礼を司った神官、大地主らの呪術宗教的・神権的・権威主義的支配』・・・には、限界があったのです。その結果が、小国の乱立と絶え間ない抗争にとつながり、その鎮静には卑弥呼のように飛び抜けた能力を持つ特定の者にすがるしかなかったのです。つまり、あくまで属人的なものにすがっているに過ぎないのです。卑弥呼が死んだら、再びクニグニが乱れ抗争が始まったとされている所以です。
そうしたことから、新しい支配形態・統治形態を待ち望んでいた、あるいは招来したいと思っていた人々や集団が出現したのではないでしょうか。その期待に沿うように登場したのが、スサノヲ・ニギハヤヒだったと空想できるのです。
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