いずものこころ

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巨石と石神21

スサノヲが出雲に到来する以前にも、出雲には土着の神をはじめ、さまざまな神々がいたことは当然です。それらの神々は、あるものは水神として祭られていたり、あるものは大地の神とされていたりと、さまざまだったのでしょうが、共通することは、あらゆるものに霊が宿るという縄文以来の精霊信仰と、弥生時代における農業共同体の進展によって取り入れられた、豊穣を願ったり、共同体を襲う厄災に対応する自然神への信仰が入り混じったものだったと思われます。

そうした神々が、どのような形で立ち現れるのかというと、その中心は巨木、巨石、神体山といった、その共同体の中にある永続性を持った異形物を依り代とするといったものだったのです。

さて、今まで見てきたように、スサノヲやニギハヤヒがそれぞれの地域に必要とされたのは、彼らが体現する政治思想、統治形態だったのです。彼らが持つ信仰や宗教が必要だったというわけではありませんでした。しかし、彼らが持ち込み、土着の首長たちと体現した政治思想、統治形態を定着させ、永続させるためには、制度だけではなく、彼らを始原的で崇高な一族だとして、信仰にも近い崇敬を人々から集める必要があったのです。

そこで思い付かれたのが、すでにそれまで土着的な信仰、神の依り代として、人々の崇敬を集めていた、巨木、巨石、神体山といった永続性を持った異形物に、それまでの神々と同じように彼らが天降ったとすることだったのです。

そうすることによって、外来の貴種(スサノヲ、ニギハヤヒ)が土着の信仰と相矛盾することなく人々に受け入れられ、信仰にも近い崇敬を人々から集めることになったのではないでしょうか。

スサノヲが祀られている出雲の神社には、須佐神社、出雲大社、須我神社、熊野大社等々いずれにも、巨木、巨石、神体山が、たとえば須佐神社の大杉、出雲大社、須我神社の磐座、熊野大社の天狗山といった形で存在しているのです。ニギハヤヒにしても、磐船神社の磐座をはじめとして、同じことが指摘できるのです。

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先月、たまたま会った丹波の山猿です。楽しい話ありがとうございました。
では、また! 削除

2013/3/5(火) 午後 9:24 [ 丹波の山猿 ] 返信する

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