いずものこころ

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『出雲国風土記』飯石郡の条に、次のような記述があります。

『波多小川(はたのをがわ)。鉄(まがね)あり。』
『飯石小川(いひしのをがわ)。鉄(まがね)あり。』
 つまり、風土記の時代に飯石郡では鉄が採れたとされているのです。

『出雲国風土記』では、もう一ヶ所、鉄が採れたとの記述があります。仁多郡(にたのこほり)です。
 そこには、三処郷(みところのさと)、布勢郷(ふせのさと)、三沢郷(みざはのさと)、横田郷(よこたのさと)を説明した後に、『以上の諸(もろもろ)の郷より出す所の鉄(まがね)、堅くして、尤も(もっとも)雑具(くさぐさのもの)を造るに堪ふ(たふ)。』とあります。

ここから分かることは、出雲には大きく二系統の鉄の産地があったことがわかります。ひとつは、波多小川、飯石小川といった神戸川水系の産地と
仁多の斐伊川水系の産地です。

ところで、飯石郡の記述では、単に鉄(まがね)あり、とされているだけですが、仁多郡の記述では、さらに詳しく「堅くして、尤も(もっとも)雑具(くさぐさのもの)を造るに堪ふ(たふ)。」とされています。

このことは、どちらの水系の鉄も、同じ中国山地の花崗岩からの砂鉄が原料ですから、仁多郡の鉄の方が飯石郡の鉄よりすぐれていたという事ではなく、出雲で採れる鉄は良質なものだということを説明したものだと思われます。

では、他の国の風土記に鉄の記載があるのでしょうか。『播磨国風土記』には次のような記載があります。

讃容(さよ)郡の条において・・・『山の四面に十二の谷あり。皆、鉄を生す。』・・・とあり、その鉄は朝廷に進物されたといいます。さらに、宍禾(しさわ)郡の条において、・・・『敷草の村、草を敷きて神の座と為しき。故、敷草といふ。この村に山あり。(中略)鐡(てつ)を生ず』・・・などとされています。

また、吉備国では、風土記ではありませんが、吉備の枕詞は「真金(まがね)吹く」とされています。

ここで、いくつかの疑問がわいてきます。ひとつは、風土記の時代の出雲での鉄の生産は、江戸時代の一時期のように他国を圧倒するようなものだったのだろうかというものです。

先に見たように、『出雲国風土記』の記載は質素なものです。一方、『播磨国風土記』の記載は、いかにも鉄の生産量を自慢するようなものです。また、吉備国も、自らの国を説明するのに「真金吹く吉備」と自慢しています。出雲国がこれらの国々よりも大きな生産地だったとしたならもっと自慢げに『出雲国風土記』に記載したのではないでしょうか。

次の疑問は、スサノヲとオロチ退治に関係することです。オロチのしっぽから天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)が出てきて、それが、あまりにも立派な剣だったので、スサノヲがアマテラスに献上したという話が『古事記』に出ています。

このことから、神代の時代から出雲は剣を造るのに適した良質な鉄が採れる国だったという解釈があります。しかし、『出雲国風土記』は、鉄剣の製造のことなどは書かず、「雑具(くさぐさのもの)を造るに堪ふ(たふ)。」としているのです。「立派な剣を造るのに堪ふ(たふ)。」とはしていないのです。雑具とは、鍬(くわ)や、鋤(すき)、鎌(かま)といった農業道具のことではないでしょうか。

また、『延喜式』においても出雲は、伯耆・ 美作・備中・備後・筑前などと異なり、朝廷に対する鉄の「貢納国(調庸国)」とはされていないのです。こうしたことから、風土記の時代には、まだ出雲は大きな鉄の生産地ではなかったと考えられるのではないでしょうか。

しかし、中世、近世に出雲は大きな鉄(和鋼)の生産地になります。その原因は、カンナ流しという砂鉄を大量に採ることができる方法が導入されたことと、しかも、出雲の山砂鉄は真砂目という良質な砂鉄だったこと、タタラ製鉄という生産方法が確立されたこと、さらに中国山地の豊富な森林資源によって木炭の調達が容易だったことだとされています。

そして、神戸川水系では朝日タタラなどが運営され、斐伊川水系では菅谷タタラなどが運営されていたのです。

さて、風土記の時代の鉄生産が、出雲では案外細々としたものだったとすると、斐伊川下流の平野の様子も江戸時代とは異なったものと考えなくてはなりません。

斐伊川は、今日のように一筋の天井(てんじょう)川ではなく、大きな堤防も築かれていない、多くの川筋に分かれて平野部を流れていたことでしょう。また、カンナ流しによる川の汚濁もなく、清らかな水が流れていたことでしょう。

川の汚濁については、カンナ流しによって慶長15年(1610年)には、宍道湖に土砂が流れ込んで松江城の要害(ようがい)を破損させるといわれ、その後24年間のあいだカンナ流しが停止させられたとされています。

また、水の汚濁や堆積の害について、斐川をはじめ平野部の農民から多数の陳情があったとされています。『出雲国風土記』には出雲郡などの川にたくさんの魚が遡上(さかのぼる)したとありますが、天井川になってしまってからは、その数や種類は激減したことと思われます。

《出雲の鉄の豆知識》

砂鉄の種類
採れる場所によって
1、浜砂鉄 2、川砂鉄 3、山砂鉄

品質によって
1、真砂(目)砂鉄 2、赤目砂鉄
採れる岩石によって真砂砂鉄は純花崗岩から採れ、赤目砂鉄は安山岩系の岩石から採れる。
褐鉄鉱など不純物が混じっており、品質が劣る。
中国山地の北側(出雲側)からは、真砂砂鉄が風化花崗岩の中に含まれ、南側(吉備側)からは、赤目砂鉄が採れる。
日本刀などに使う玉鋼(たまはがね)は、真砂砂鉄が最上。そこから、江戸時代には出雲の玉鋼がもてはやされ、生産量が増えた。

鉄山主の山林所有面積
島根
1、田部家・・・約2万4000町歩
2、桜井家・・・約3400町歩
3、糸原家・・・約3000町歩
4、堀家・・・・約1000町歩
鳥取
1、近藤家・・・約5400町歩
2、坂口家・・・約1500町歩

山林の所有は木炭の調達のためであり、多くの山林を持つほど多くの木炭を使って鉄を生産できるので、いかに江戸期における出雲の鉄山主が和鋼を生み出していたかが分かります。


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