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『出雲国風土記』の「出雲郡」の条に、次のような記載があります。
・・・「磯(いそ)から西の方にある岩窟(がんくつ)は、高さ・広さそれぞれ6尺ばかり。岩窟の中に穴がある。人は入ることができない。奥行きの深さ浅さは不明。夢でこの磯の岩窟あたりに行くと、必ず死ぬ。だから土地の人は、昔から今にいたるまで、黄泉(よみ)の坂・黄泉の穴とよんでいる。」(荻原千鶴 訳)。この場所は、現在の猪目(いのめ)洞窟だといわれています。
これが、『出雲国風土記』が黄泉についてふれている唯一の部分です。『古事記・日本書紀』には、イザナギ・イザナミ命に関係して、黄泉の国についてかなり多くの記載があります。黄泉の国はどこにあったのか色々な議論がありますが、この記載があるところから出雲の地下だという人もいます。ともかく、黄泉の国とはあの世・死後の世界だとされています。
一方、オオクニヌシは国譲りの後、「今から私は、かの幽界に参りましょう」といってお隠れになったとされています。また、「私は退いて幽界の神事を担当しましょう」とも言ったとされています(『日本書紀』)。
では、『古事記・日本書紀』の「黄泉の国」と、『出雲国風土記』の「黄泉の坂・穴」は同じものでしょうか。そして、「黄泉の国」と、「幽界」は同じ「あの世」なのでしょうか。また、幽界でのオオクニヌシの役割は何だったのでしょうか。このことについて、あれこれと考えたいと思います。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が『神国日本』(1904年)という本で、次のようなことを言っています。
・・・『その領国(出雲・葦原中国)を譲り渡した大国主神は、「見えない国」−すなわち「霊の国」の支配者となったのである。この神の支配する幽冥(ゆうめい)の国に万人の霊はその死後に赴くのである。それでこの神は氏神のすべてを支配することになるわけである。それだから、大国主神を「死者の帝王」と呼んでもよいことになろう。』・・・
・・・『平田は言う、われわれはもっとも望ましい事情の下でも、百年以上の寿命を望むわけにはいかない。しかし死後は大国主神の「幽冥の世界」に行って、彼に仕えるのだから、いまのうちにこの神前に額(ぬか)づいて拝むことを習っておくがよい。』・・・。
小泉八雲の文章の中の「平田」とは、江戸時代の神道学者である平田篤胤(ひらた あつたね)のことです。どう言っていたのか、見てみましょう。
・・・『この世にいる間は、大かたの人は、百年に満たないのに、幽世に入ると永遠である。したがってこの世は、人の仮の世であって、幽世が本当の世であることは間違いない。』・・・『オホクニヌシとは、国つ神はいうまでもなく、天つ神でも国土にまつられた神や、世の中のあらゆる人が、この世を去って、幽冥界に帰ってきた魂たちを支配する大神なのである。』・・・。
・・・『およそ人も、このように生まれて現世にいるうちは、目に見える世界にいるのであって、天皇の民となっているのであるが、死ねば、人の霊魂はそのまま神であり、かの幽霊(ゆうれい)、冥魂(めいこん)などともいうように、すでにいわゆる幽冥(ゆうめい)に赴く(おもむく)のである。そうすると、その幽冥界を主宰(しゅさい)されている大神は、オホクニヌシであられるので、この神に従い申し上げ、そのおきてをご承知申し上げるのである。』(『霊の真柱』)・・・。
そして、平田篤胤が師と仰ぎ、『古事記』を深く読み解いた、本居宣長(もとおり のりなが)は、次のようなことを書き残しています。
・・・『さて、かのオホクニヌシと申す神は、出雲大社の神様であり、はじめにこの天下をお作りになり、また八百万(やおよろず)の神々を統率(とうそつ)して、世の中の幽事を主宰される神でいらっしゃるので、天下の身分の高い人も低い人も、恐れ敬い(おそれうやまい)崇拝(すうはい)申し上げなくてはならない神なのである。』(『玉くしげ』)・・・。
小泉八雲は、オオクニヌシを「死者の帝王」とし、平田篤胤は「幽冥界に帰ってきた魂たちを支配する大神」・「幽冥界を主宰(しゅさい)されている大神」とし、本居宣長は「世の中の幽事を主宰される神」としているのです。オオクニヌシが幽界でどのような役割を果たしているのか、少し分かったような気がしませんか。
さて、明治になってこのような考え方を広く広めようとしたのが、第80代出雲国造となった、千家尊福(せんげ たかとみ)公でした。
次のようなことがあったとされています。・・・『明治時代になって、太政官布告(だじょうかんふこく)で全国の神社の社格が定められた際に、愛知県の熱田神宮や大阪府の住吉大社と同様に「官幣大社(かんぺいたいしゃ)」とされた出雲大社について、伊勢神宮と同じく官社の上に列せられるよう、第80代出雲国造千家尊福は請願書を提出しました(原武史『出雲という思想』)。』
その内容は、・・・『オホクニヌシが幽冥の大権を握り、この国土に祭っている霊魂や、幽冥界に帰ってきた人の霊魂を統括(とうかつ)なさるのは、天皇が顕界(けんかい・この世)の政治を行って万民を統治なさるのと違わない。』・・・。
・・・『このようにオホクニヌシが幽冥の大権をお取りになるからは、神の霊魂も人の霊魂も、みなオホクニヌシが統治されるわけであるから、全ての神社を統括するのもまた出雲大社であるべきなのは、議論するまでもないことである。』・・・というものでした。
つまり、出雲大社は伊勢神宮と同じように、一番社格の高い神社とされなくてはならないと言ったのです。
また、次のようにも説いていらっしゃいます。
・・・『この国土に生ずる万物は、もとよりオホクニヌシのお作りになった国土に生じたものであり、たとえ太陽の光を受けても、土地を離れては生ずることができないことを知るべきである。いやしくも草木が生えるのも生えないものも、土地が肥えているか痩せているかによるということからも、オホクニヌシが国作りされた高い徳を仰がなくてはならない。』・・・
・・・『ましてやわが身を顧みれば、筋骨毛髪血肉など、すべて大地の精気によってならないものはなく、これらを養うのもまた、大地の精気によらないものはなく、死後にまた身体が土となることなどからも、大地の精気はわれわれの身体を作る根本であることは明らかである。』・・・
・・・『したがってこの国土に生を受けた者は、大地の支配者であるオホクニヌシのおかげによらなければ、天つ神の高い徳を受けることができないゆえんを明らかにして、天つ神を崇敬するにしても、まず大地の恩が大切であることを謹んで感謝しなければならない。』(『神道要章』原武史『出雲という思想』より)・・・。
つまり、第80代出雲国造千家尊福は、国を譲ったとか、幽界をオオクニヌシが支配するのかといったこと以前に、この国の大地を切り開いて国作りをして、大地の精気を引き出したオオクニヌシなくしては、食糧も人も生まれなかったとしているのです。
そしてこの国土に生をうけた者がいなくては、天つ神の高い徳も受けられず無意味なことだとしています。ましてや、「顕(あらわ・現世)」の天皇の徳も受けられないこと、すなわち天皇の人民に対する統治さえ無意味だといっているのです。
このような考え方をすれば、オオクニヌシは、現世では敗れたものの、あるいは出雲は現世では衰退したものの、現世の「顕界」と同等のあの世である「幽界」を永遠に支配する、という立場を手に入れたとも考えられるのではないでしょうか。
残念ながら、千家国造の考え方は採用されませんでした。
しかし、出雲郡(いずものこほり)に黄泉の坂・穴があると記載した『出雲国風土記』にも、実は千家国造のような考えがあったのではないでしょうか。黄泉の国や幽界は、『古事記・日本書紀』と異なり、出雲では決して、おどろおどろしたもの、ジメジメした暗いところ、怪しいところというものではなく、あの世に赴いた人々をオオクニヌシが迎え、支配する立派な世界だと考えていたのではないでしょうか。
オオクニヌシの幽界(あの世)での役割、あるいは教えについては、あまり語られることがないので、今回、小泉八雲、平田篤胤、本居宣長、千家尊福といった方たちの見方を取り上げてみました。
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