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『日本書紀』などの記述によれば、神武東征に先立ち、アマテラスから十種の神宝を授かり天磐船に乗って河内国(大阪府交野市)の河上の地に天降り、その後大和国(奈良県)に移ったとされている。これらは、ニニギの天孫降臨説話とは別系統の説話と考えられる。また、有力な氏族、特に祭祀を司どる物部氏の祖神とされていること、神武天皇より先に大和に鎮座していることが神話に明記されていることなど、ニギハヤヒの存在には多くの重要な問題が含まれている。今回は、スサノヲとオオクニヌシは同一神ではないかと疑われる根拠のようなものを追いかけて、少し気楽な空想をしたいと思います。
神ではありませんが、天皇に関しては、初代の神武天皇と、第10代の崇神天皇は、ひとりの天皇であったが、何らかの事情で二人の天皇として描かれているという、有力説があります。その根拠の一部として、二人とも「始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)=神武天皇」、「御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)=崇神天皇」とされていることから、初代天皇が二人いることはおかしいという視点があります。
では、なぜ同一の天皇を二人の天皇に分けたのかということについては、諸説があり、にぎやかな論議になっています。まさしく、何らかの事情でという点に議論が集まるのです。とすれば、スサノヲとオオクニヌシについても同じ何らかの事情でという観点・視点から、この二神は同一神だったのではないかと空想してみても面白いのではないでしょうか。
ところで、同一神とする場合には、神武天皇と崇神天皇のように、そこには両神にまつわる重なり合う共通の部分とか類似が必要となります。あるいは、分けられてはいるが連続する部分があるとされなくてはなりません。ゆっくり考えてみましょう。
まず思いつくままに、共通点・類似点から追いかけてみましょう。
1.スサノヲもオオクニヌシも、共に出雲において活躍したという数多くの伝承を残している。また、一緒に祀っている神社も数多くある。
2.スサノオとオオクニヌシの関係は、オオクニヌシは、スサノオの子とも五世あるいは六世孫ともされ、系譜がつながっているとされている。
3.スサノヲは、出雲でヤマタノオロチを退治して出雲の始祖王となったように描かれている。オオクニヌシは、兄弟の八十神を退治して出雲の国主となったように描かれている。
4.スサノヲは、茅の輪くぐり神事に見られるように、疫病などから逃れる術を持っていたとされる。オオクニヌシも、因幡のシロウサギに見られるように、医薬の技術や疫病退治の術を持っていた。
5.スサノヲは、オロチを退治した時の自らの剣「十握剣」や、オロチの「天叢雲剣」といった剣にまつわる伝承を持っている。オオクニヌシも、八千矛神と呼ばれたり、国譲りの際に、広矛でこの国を治めてきたと言ったりして、矛=剣にまつわる伝承を持っている。
6.スサノヲは、紀伊・熊野=紀の国と関わる伝承を持っていたり、紀の国でもたくさんの神社で祀られている。オオクニヌシも、八十神に迫害された時に、木の国=紀の国に避難したり、同じく紀の国のたくさんの神社で祀られている。
7.スサノヲは、根の国を支配しているとされているが、根の国とは現世ではないと考えられる。オオクニヌシは、国譲りの後、幽界に隠れそこを支配するとされ、幽界ももちろん現世ではない。
8.スサノヲは、オロチ退治の時に手に入れた「天叢雲剣」を、アマテラスに献上している。オオクニヌシも、国譲りの際に、広矛を献上している。
9.スサノヲは、朝鮮半島から来たとの伝承を持っている。オオクニヌシは、有力な片腕としてスクナヒコナと協力して国造りをするが、スクナヒコナも朝鮮半島から来ている。
ざっと並べただけでも、これだけの共通点あるいは類似点が浮かんでくるのです。
次に、相違点を追いかけてみましょう。
1.スサノヲは、高天原の三貴神(天津神)として出現している。オオクニヌシは、高天原とは関係のない土着神(国津神)として出現している。
2.スサノヲは、荒ぶる神としての性格が描かれている。オオクニヌシには、荒ぶる神という側面は薄いとされている。
3.スサノヲは、オロチ退治をした後、イナタヒメと神婚するが、その他のヒメ神との関係は語られていない。オオクニヌシは、スサノヲの娘神のスセリヒメと神婚するが、その他の多くのヒメ神と通婚したり、妻問いをしたとする伝承を残している。
4.スサノヲは、オロチ退治の後、出雲の始祖王となったとされるが、出雲の国土を造成したり開発・開拓したりする伝承は残していない。オオクニヌシは、「造天下大神」とされるように、出雲の国土を造成したり開発・開拓したとの伝承を残すのみではなく、その他の地域の開発・開拓も行ったとされている。
5.スサノヲは出雲以外の各地を訪問したという伝承を、あまり残していない。また、他の神と争ってもいない。オオクニヌシは日本海海域や中国山地など、数多くの出雲以外の地域を訪問したとする伝承を残している。また、アメノヒボコなど他の神と争っている。
6.スサノヲは、高天原や天津神と国津神との間を取り持つ、あるいは両面性を持つ神として語られることがある。オオクニヌシは、三穂津姫(ミホツヒメ)などといった天津神との神婚の伝承を残しているものの、あくまで国津神としての性格でしかない。
7.スサノヲと関係する剣は、「十握剣」が物部氏の石上神宮に、オロチの「天叢雲剣」が「草薙剣」として熱田神宮に祭られてレガリア(神宝・神器)となっているが、オオクニヌシの矛=剣はそのような形で語り継がれることはなかった。
8.スサノヲが天孫や天皇家に祟ったという伝承は語られていない。オオクニヌシは、崇神天皇や、垂仁天皇などの時代に、天皇家に祟ったとされている。
これまた、それなりの相違を追いかけることが出来ました。
もし、国譲りでオオクニヌシが「アマテラスの弟神のスサノヲが造った国を譲れと言うのか!」と反論したら、どんな成り行きになっていたのでしょうか。
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