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大国主には、多くの妻神がいたとされています。しかし、その割にお子神は、あまり多くないのです。
正妻の須勢理比売(スセリヒメ)との間には、お子神はできませんでした。もし、出来ていたらスサノヲとオオクニヌシの血を引くお子神として、かなりの地位を占めたことでしょう。
一方、出雲以外の地域の比売神との間には、次のようなお子神が生まれたとされています。
1. 越の国の沼河比売(ヌナカワヒメ)との間には、「建御名方神(タケミナカタ)」が生まれています。
2. 九州の宗像の多紀理比売(タギリヒメ)との間には、「阿遅鉏高日子根神(アジスキタカヒコネ)」と「下照比売(シタテルヒメ)」の兄妹神が生まれています。
3. 因幡の八上比売(ヤカミヒメ)との間には、「木俣神(コノマタ)」が生まれています。
4. また、どこの地域の女神なのかよくわかりませんが、神屋楯比売(カムヤタテヒメ)との間に「事代主神(コトシロヌシ)」が生まれています。さらに、よくわからない女神との間に「加夜奈留美比売(カヤナルミ)」という女神が生まれたともされています。
これらのお子神は「加夜奈留美比売(カヤナルミ)」をのぞいて、それぞれ『出雲国風土記・古事記・日本書紀』に登場して、さまざまな物語として語られています。
そして、「建御名方神(タケミナカタ)」と「木俣神(コノマタ)」をのぞいて、大和葛城の高鴨神社(アジスキタカヒコネ)、長柄神社(シタテルヒメ)、下鴨神社(ヤエコトシロヌシ)、中鴨神社(カヤナルミヒメ)にそれぞれ祭られています。
これらのお子神が、大和の神社に祭られているのは、「国譲り」のあと、大国主が自分の和魂(にぎたま)を三輪山に置き、お子神たちを大和の守り神としたからだと、『出雲国造神賀詞』に書かれています。「建御名方神(タケミナカタ)」は国譲りに反対したから、「木俣神(コノマタ)」は正式な子神ではないとして除かれているのではないでしょうか。
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