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前回、・・・『スサノヲやニギハヤヒがその地域において始原的な画期を構築した』・・・と、書きました。具体的には次のような事だと思うのです。 |
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私は、・・・『そうした巨石・巨岩に具体的な神名を持つ神が天降ったという神話や伝承には、先行する信仰とは別の要素が組み込まれているということなのです。』・・・としました。先行する信仰とは縄文以来の巨岩・巨石に対するアニミズム的な信仰です。 |
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さて、前回海(あま)からの渡来のことを、天降りの一つだとしました。そして、そのようにして到来した集団のあるものが、巨岩・巨石・磐座と関係するのではないかとしました。ところで、スサノヲは、出雲の鳥髪山(船通山)に降り立ち、ニギハヤヒ(饒速日命)には、天の磐船に乗って、河内に降り立ったとされています。そこで、この二神について巨岩・巨石・磐座の関係を探ってみると、どちらもその足跡上に磐座、巨岩の存在が窺われるのです。ニギハヤヒには、天の磐船を御神体とする磐船神社において巨岩の存在が認められます。スサノヲには、須佐神社、須我神社、出雲大社境内の素鵞社などなどにおいて巨岩・磐座の存在が認められるのです。 |
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さて、前回、外来神(必ずしも日本列島以外から来た神とは限りません)と巨石・巨岩そして磐座と目される物との間には、何かしらの特別な関係があるのではないかとしました。 |
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さて、出雲のみならず日本各地には巨石・巨岩を信仰の対象とするたくさんの聖地があります。あるところは、そこに神社が建てられたり、注連縄が巻かれたり、祠が添えられたりしています。 |




