いずものこころ

みんなで古代出雲を探検しましょう!

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

ワイワイ、ガヤガヤ

イメージ 1

ここでは、コメントを利用して、皆で古代出雲のことをワイワイ・ガヤガヤ話し合いましょう。教えあったり、悩んだりの情報交換もいいですね。不思議発見も歓迎ですよ!

イメージ 1

 修験道は、山岳信仰に神道・密教・陰陽道(おんみょうどう)などの諸要素が混成したもので、山林に修行し、密教的な儀礼を行い、霊験を感得しようとする宗教のことです。修験道の開祖は役小角 (えんのおづの)とされています。

古代出雲には、熊野三山・出羽三山とともに、全国でも名をはせた修験道の根拠地がありました。繁栄の様子は皆様でHPで調べてください。

「鰐淵寺」
智春(ちしゅん)上人が推古天皇2年(594年)に開創(開いた)された、
天台宗の浮浪山 一乗院 鰐淵寺。出雲市別所町にあります。

「清水寺」
尊隆上人が用明2年(587年)に開創された、
天台宗の瑞光山 清水寺。安来市にあります。

「峯寺」
斉明4年(658年)に開創された、
真言宗御室派の中嶺山 峯寺 通称 出雲大峯。雲南市にあります。

「大山寺」
また、出雲ではありませんが、伯耆には、金連上人が養老2年(718年)に開創された、
天台宗別格本山の角磐山 大山寺 通称 大山(だいせん)さん。

謎は深まります。

1.なぜ、これほどまでに古代出雲で修験道が栄えたのでしょうか?

2.修験道は霊性の強いところに栄えるといいますが、なぜ出雲は霊性が強いのでしょう?

3.大きな修験道の根拠地は、多くの僧を養いますが、その財源はなんだったのでしょう?

4.出雲の宗教の柱「神道」との関係はどのようなものだったのでしょうか?

イメージ 1

 加茂岩倉遺跡は、1996年、人里離れた山懐の谷の斜面で、農道工事にともなって39個の銅鐸が発見されたところです。

1ケ所での銅鐸の出土数としては全国最多であり、この発見によって出雲国は全国最多の銅鐸保有国となりました。

荒神谷遺跡から直線距離にして約3キロ、『出雲国風土記』に神奈備山として登場する仏経山を中心とする山塊の一角にあります。

不思議なことは、大きな銅鐸の中に小さな銅鐸が入っている「入れ子」状態が15組もあったことです。総数の約8割が入れ子を組んでいたのです。

それまでも、入れ子状態で出土した例はありますが、一ヶ所から15組もの入れ子状態で見つかったのは初めてです。

また、銅鐸内部に詰まっていた土砂の分析結果から、銅鐸を埋めるまえに、人為的に中に砂を押し込んだ可能性があることも確認されています。

さらに、加茂岩倉の銅鐸は、15組26個が、それぞれ同じ鋳型から造られた「兄弟」であることが明らかになりました。この謎はまた後で考えましょう。

この謎は、次のようなものです。

1.なぜ「入れ子」にする必要があったのか(埋める広さはいくらでもあったのに)?

2.入れ子状態の親と子の銅鐸には、何か関係があるのだろうか(同じ生産地とか)?

3.入れ子でなかった銅鐸と、入れ子状態の銅鐸とは何か違いがあるのだろうか?

4.15組の兄弟銅鐸と何か関係があるのだろうか?

全1ページ

[1]


.
いずものしげちゃん
いずものしげちゃん
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事