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毎年四月七日には、松江市美保関町の美保神社で青柴垣神事が執り行われます。
「事代主命は大国主命に国の譲渡を勧めると、乗ってきた船を踏み傾け、呪いの手打ちをした。すると船はたちまち青い柴の垣根に変わり、事代主命はその中に隠れて再び姿を現さなかった。」というのが、青柴垣神事の起源とされています。
この「呪いの手打ち」が、「天(アマ)の逆手(サカテ)」ですが、その所作については十分にというよりほとんど解明されていません。
ある人は、「天の逆手という、上下を逆にした柏手を打った後、海に身を投げたそうです」とされますから、合わせた指先が上を向いているのではなく、足元を向いている形になります。
一方で「手のひらを合わせるのではなく、手の甲を合わせて手を打つこと」とされる研究者もいます。どちらも、尋常な手打ちでないため、呪いというように、一種の「呪詛」を行ったということでは共通しています。
では、何を呪詛したのかもはっきりしません。ある人は、国を譲ったくやしさの表現であろう、とされますが問題はその中味です。くやしいから天孫族の国家経営がうまくゆかないようにと呪詛したのか、青柴垣に隠れた自分の邪魔をしないようにと呪詛したのかといったことなのです。
柏手の意味は、「源は神霊を招き寄せる呪法・神霊の発動を促す呪法で冴えた音を中心にするものであり、それが転じて拝礼、神霊を仲だちにしての盟い(ちかい)、人・物を呼び招く時の動作などにも使用されているのである」とされていますから、その反対は何かといったことも検討される必要があると思われます。
そして、今日に伝わる神道儀礼で、「逆手」を打つ所作は見当たらないようです。そこで、余計にこのコトシロヌシの動作の不思議さや、謎が深まるのです。
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