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さて、ここで古代出雲に大きな影響を与えた、「対馬海流」について、おさらいをしておきましょう。
日本の近海で有名な暖流といえば「黒潮」があります。海の水が黒っぽい濃い青色をしているので黒潮と呼ばれています。世界でも最大級の強い流れの海流として知られ、北大西洋の湾流とともに世界2大潮流のひとつです。海水表面の速さは毎秒2mをこえるほどで、時速になおせば7.2km、小走りするぐらいの速さになります。
この黒潮の最大の分流として、対馬海流があります。対馬海流は沖縄の近くで黒潮から分かれ、対馬海峡をとおって日本海へ入ります。山陰沖、能登沖で大きくうねりながら、一部は津軽海峡をぬけて太平洋へ出ていきます。
ところで、海流の性質として、流れからはみだして陸地に向かって反転する流れがあります。これが、本流は北に流れているのに、漂着物が途中の陸地に流れ着く大きな原因なのです。特に海に突き出た半島の手前では、反転が起こりやすいといわれています。
つまり、島根半島や丹後半島の影響で、本流からそれて反転した海流に乗って漂着物は流れ着くのです。これを航海術に応用したのが、目的地近くまでは本流の速い流れに乗って一気に行き、目的地の目印を見つけると反転する流れに乗って陸地に近づく方法です。
島根半島や丹後半島に、多くの渡来人が上陸したのは、この反転流の存在と、陸地の目印である三瓶山や大山の山影を見つけ、反転流に乗って近づこうとしたからなのです。たぶん、三瓶山や大山を目印に、うまく反転流に乗った場合は古代出雲に、失敗した場合は、次ぎの大きな反転流がある丹後半島あたりに上陸したのです。
また、対馬海流が日本海に入った後の流れには「図」で示すように、3分岐説と蛇行説があるそうです。蛇行説を採ると、出雲と丹後とには、いかに対馬海流が近づくのかがよくわかりますね。
東シナ海から対馬海流に乗った船は、対馬海峡あたりでは流れが速くて本流から離れることができないのと、玄海灘の潮の満ち引きが大きこととで、うまく北部九州の陸地には上陸できなかったと思われます。したがって、中国江南の文化は、北部九州よりもむしろ古代出雲や丹後地方に多く到着したのではないでしょうか。丹後半島の徐福伝説や浦嶋伝説や竜宮伝説が、それを物語っているように思います。
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