いずものこころ

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『第十九番 長浜神社』 http://www.shinbutsu.jp/?ID=30

『「出雲国風土記」の冒頭を飾る「国引き神話」は、綱をかけ海のむこうから土地を引き寄せ縫い合わせた国土生成の話である。長浜神社は、国引きの綱の「薗の長濱」の地に鎮座し、国引きの神「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」を主祭神としてお祀りしている。海のむこうの土地に綱をかけて引き寄せ大地を造られたご事跡により、綱引きの祖=スポーツ上達・不動産守護の神としてのご神徳が知られる。』とあります。

地元の人は、妙見さんと呼んでいます。平らな砂浜のような海岸線に、少し小高く盛り上がった丘のような所にあります。大社湾の日本海空は、航海の目印になったのではないかと思われます。

妙見信仰(北斗七星や北極星への信仰)とも、関係があるのではないでしょうか。

名称は、「長浜神社(ながはまじんじゃ)  通称 妙見(みょうけん)さん 」
祭神は、「八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」「布帝耳命(ふてみみのみこと)」「淤美豆奴命(おみずぬのみこと)」
創建は、「和銅三年(710年)以前」
ご利益は、「「スポーツ勝利」「生成化育」」

『出雲国風土記』では、長浜の地は「飛砂」の荒地だったと書いてありますが、今は、島根ぶどうや、西浜いもなどの名産地となっています。



『第二十番 日御碕神社』 http://www.shinbutsu.jp/?ID=28

いよいよ最後になりました。

『日御碕神社は島根半島の西端に位置し、神の宮に素盞嗚尊(すさのおのみこと)、日沈宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)をお祀りしている。 素盞鳴尊の奇魂(くしみたま)と、日の神・天照大御神の和魂(にぎみたま)の御霊威をいただいた御神徳は「邪心を払い給う神」「厄除けの神」「産びの神」「縁結び、夫婦円満、家運繁栄の神」「交通安全の神」「殖産興業、安産の神」など、広く霊験あらたか、上世以来二十数回の造営すべてが勅命か、将軍命によるものであることからも、御神威の一端がうかがわれる。』とあります。

徳川三代将軍家光公の命で、日光東照宮建立の翌年、寛永十四年より幕府直轄工事として着工され、七年の歳月をかけて建てられたというものですので、桃山時代の面影を残す精巧な権現造りとなっており、出雲で見かける大社造りの神社とは趣を異にしています。

名称は、「日御碕神社(ひのみさきじんじゃ) 通称 みさきさん」
祭神は、「日沈宮(ひしずみのみや) 天照大御神(あまてらすおおみかみ)、神の宮(かみのみや) 素盞嗚尊(すさのおのみこと)」
ご利益は、「特に厄除け ほかに縁結び、夫婦円満、家運繁栄、交通安全、海上安全、殖産興業、安産など」

「日沈宮(ひしずみのみや)」とあるように、島根半島の西端で大変きれいな夕日を見ることができます。

一説によると、この宮は出雲大社の方向を向いており、北向で出雲大社の方向を向いている「吉備津彦神社」との組み合わせで、挟むように出雲大社を威嚇しているとされていますが、本当でしょうか。

これからは海水浴のシーズンですが、ここの「おわし浜」にはよく泳ぎにいったものです。余談ですが、おわし浜の沖の半島に「ノロの洞窟」という洞窟があります、なぜ「ノロ」なのだろうと思っていましたが、「ノロ」というのは、沖縄では「巫女」という意味だそうです。ということは昔その洞窟に占いや呪術を使う「巫女」がいたのでしょうか。あるいはそうした祭場だったのでしょうか。

これらご紹介した二十社寺を、皆様も巡ってみられたらいかがでしょうか。

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さて、矢野神社の『八野若日女命』について、『出雲ド−ムの近くにあるこの神が鎮座する八野神社。出雲の市内の式内社のなかでは珍しく、古来のままの在地神と社地がそのまま保たれているという。田のなかにぽつんと立つ森の中にこの社はあった。未来を象徴する建物出雲ド−ムとは対称的に、古式豊かな静まりきった境内であった。この女神がいかに土地の人々の畏敬を受け、古代・中世・近世と根強い信仰が強かったのかをしめしているようだ。』という記事があります。

そして、『この一帯は、縄文・弥生・古墳・奈良・平安・の各時代から中世・近世までに至る大規模な複合遺跡であり、貝塚をはじめ、古代住居跡、各時代にわたる土器などが出土しており、出土品は出雲市教育委員会・島根大学考古学研究室に保管されている。』とされています。

ここからも分かるように、稲作農耕社会の古代出雲では、「母系制社会」による土地への定着性の高さと、生産活動に対する女性労働力への依存、そして、子供を産むといった女性の力への崇拝が、平和な文化の育成と成熟を促したと考えられるのです。

こうしたことは、他にも朝山、那賣佐、宇賀といったところにもオオクニヌシの妻問いが見られることから、古代出雲の西部の平野部では、各共同体の一般的な傾向であったといえるのです。持続可能な再生産と循環型社会としての「母系制社会」が、古代出雲の普通の社会形態として営まれていたのです。

そこでは、信仰の形態も、豊穣な女性的大地、再生産を保証する女性崇拝、そして、風水害に対抗しうる女性の呪力といった、地母神的なものに対する土着的なものだったと推測されます。こうした中では、男性は単純な労働力の供給のために出入りする者であり、女性の下で育つ子供の母親の系譜はたどれても、父親の系譜はあいまいとなってしまうのです。

「矢野神社」の男神は「大歳神」、「朝山神社」の男神は「神魂命と大己貴命」、「那賣佐神社」の男神は「大物主神」、そして「宇賀神社」の男神は「大己貴命」といった具合に、各神社のヒメ神はそれぞれに特徴を持ち異なっていますが、一緒に祀られる男神はいずれもオオクニヌシあたりと見られるほぼ同一の神なのです。

このことの意味することが、「母系制社会」の特徴である、「母親の系譜はたどれても、父親の系譜はあいまいとなる」ということであり、それぞれの男神は、本当は異なっていたのでしょうが、あいまいなため、オオクニヌシあたりに統一してしまっているのです。
 
しかし、社会は変化します。『部族は、後輩を慈しみ、欲を少なくして争わず、陰を貴び、柔を重んじ、自然無為であることによって統治されていた。』という「母系制社会」の古代出雲でしたが、稲作農業がさらに進んでくると、単に平和で循環する社会ではすまなくなったのです。

このことを分析した指摘に、次のようなものがあります。『さて、問題はこうした母権社会がどのようにして父権社会にとってかえられたのかということだ。事情はかなり複雑多岐にわたっていたと思われる。ひとつには家族社会の中に強弱が出てきて、その格差が定着し、さらに他の部族を併呑するようになっていたのだろう。これはやがて都市国家や国家の原形態になっていく。』

つまり、稲作による農業生産は、必然的に物質の集積を促しますから、その蓄積された物をどのように活用するかとか、どのような形で再生産に結びつけるのか、例えば種籾だけの管理の仕方ひとつによっても格差が出てくるのです。その格差がある年月にわたって定着すると、「強・弱」という関係になり、さらには、「併呑・吸収」という事態になるというのです。次回にしましょう。

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