いずものこころ

みんなで古代出雲を探検しましょう!

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出雲大社の平成の大遷宮の効果で、全国からたくさんの人々が出雲を訪ねています。一種の「出雲ブーム」と言ってもよいのではないでしょうか。

しかし、過去にも何度か全国で出雲が注目され、一種のブームになったことがあります。古代では「奈良時代後半から、平安前期にかけて」、近世では「江戸時代の初期」、そして近代では「明治時代の初期から中期にかけて」、という三度の全国的な「出雲ブーム」があったと思われます。

最初のブームは、『古事記』(713年)・『日本書紀』(720年)、そして『出雲国風土記』(730年)が完成し、出雲国造が『神賀詞(かむよごと)』を朝廷に奏上(716年)するようになった頃の時代です。

『古事記』が出来上がる少し前に、斉明天皇(在位655年〜661年)は出雲大社の修造を命じました(斉明紀5年)。このときの修造によって現在の出雲大社の原型である巨大な社となったともいわれています。

やがて、「神代の巻」の三分の一が出雲神話で埋められている『古事記』が登場し、少し後に、同じく出雲の神々をたくさん載せた『日本書紀』が登場し、さらに出雲の地理や伝承を載せた『出雲国風土記』が登場するのです。

そして、オオクニヌシが天孫に国を譲ったと書いてある『古事記』・『日本書紀』の内容をなぞるように、出雲国造はその代替りの際には、朝廷に参上し、『出雲国造神賀詞』を奏上して、朝廷への服属を誓うようになりました。

こうした事は、朝廷に関係する人々のみならず、一般の人々にも出雲への関心を大いに高めたはずです。松前健先生は、この頃から『出雲巫覡(いずもふげき)という出雲国造を総師とする集団が、出雲信仰を中国・近畿・東国にと広めていった』(出雲神話より)とされています。一種の出雲ブームが起こっていたといって良いのではないでしょうか。

次のブームは、松平直政が、松江藩主になった(1638年)頃から始まるブームです。松平直政は、出雲大社への関心が深く、何度も訪ねたとされています。ある時は、出雲大社のご神体が見たいといって、国造が止めるにもかかわらず本殿に上がると、そこには巨大なアワビの殻があり、それを見たとたん、アワビの穴から八尋(やひろ)の大蛇が出てきたので、あわてて退散したと言われています。

松平直政は、出雲大社の修繕の必要性を感じ、徳川将軍にその旨を伝えると、将軍家は、全国に向けて修繕費用の調達を命じています。これが、直政の次の藩主による造営につながり、寛文7年(1667年)の寛文の大遷宮となります。今のご本殿は、この時の遷宮の物なのです。

当然、出雲大社自体も費用の調達に走ります。この時、京都や、江戸で活躍したのが出雲大社の下級神職である、御師(おし)といわれる人達です。御師は時には巫女などを伴い、京都や江戸そして全国へと散らばり、出雲大社のお札や、縁起物と引き換えに、修繕費用を調達したのです。

京都で、出雲の阿国(おくに)が有名になったのも、御師とともに、巫女として京に上り、巫女踊りをしていたのが、だんだんと評判が出るにつれて、踊りや衣装が派手になり、歌舞伎の始まりとなったとも言われているからです。同じく御師たちは、出雲の神話やオオクニヌシを初めとする神様の話を宣伝し、人々の出雲への関心を高めたのです。この頃の絵図は、現在もたくさん残っています。

オオクニヌシが縁結びの神だとか、スサノオが災いを防ぐ神だとか、えびす様が豊漁の神だとかといったことは、こうした時代に全国に広く伝えられたのです。出雲大社の寛文の大遷宮の時にも、出雲ブームが起こっていたのです。

出雲のブームは明治の初期にも起こりました。第80代国造千家尊福(たかとみ)公による活躍と、その布教によるものです。千家尊福公は、全国に御師を派遣するとともに、自らも布教のため各地に出かけました。

原武史先生は、「尊福公の権威は絶大で、天皇のそれにも匹敵するほどのものだった」とされ、各地で「神」として迎えられたとされています。「東京曙新聞」という新聞は、1876年の10月のこととして、尊福公が伊予松山のある村に一泊したところ、数百人もの人々が集まり、尊福公が、ちょっと座った新薦(こも)を打ち寄ってつかみ合って持ち帰り、また、入られた風呂の湯は各々徳利に入れて持ち帰り一滴も残らなかったと書かれています。

原先生は、『人々は始めて見る「生き神様」の姿に驚嘆し、オオクニヌシの神徳を訴える尊福の主張に熱心に耳を傾けた。この中から尊福の主張に共鳴する「出雲派」とよばれる人々が出てくるのである。』(「出雲という思想」より)とされています。

やがて、尊福公は「出雲大社教」を設立し、その初代管長となり、各地に「分詞」を造りました。この時代にも、出雲ブームがあったのです。

今回の遷宮にも、そこの氏子の人々から多くの寄付が寄せられています。そもそも考えてみるに、同じ大社とされている、例えば、春日大社、諏訪大社、住吉大社などに大がかりな遷宮があったとして、全国からこれほど多くの人々が訪れるでしょうか。

この現象は、今回だけでなく、古代から明治に至るまでの間に全国に巻き起こった出雲ブームが根底にあるように思うのです。観光などという分野だけでは説明できない、奥深い出雲の歴史、文化、信仰があるからだと思うのです。

神社様式の源流?

前回、『神社の起源として、わが古典によれば、「天つ神籬(ひもろぎ)・天つ磐境(いはさか)」とされる。この広義の「天つひもろぎ」を形成させる物資は、多種多称でありうる。しかし、この熊野大社に限らず、出雲系ないし国つ神系の由緒ある神社の原像としては、自然石に基く磐座(いはくら)であることが、はなはだ多い。』
これは、中央大学名誉教授の中西旭先生の論文からの引用です。というお話をしました。

でも、神社にあるのはご本殿だけではありませんね。鳥居、しめ縄、千木、玉垣などなど、いろんな仕掛けがあります。では、それらは、日本独自のものでしょうか。

鳥越憲三郎先生は、その源流(おおもと)は、中国の江南や、東南アジアなどにあるとされています(『古代中国と倭族』)。今日は、鳥越先生の指摘を中心に考えて見ましょう。

まず、『ご本殿』のある場所がどうして選ばれたのか。鳥越先生は、『新しい村長を選ぶにあたって、まず世襲の村長が選ばれる。・・・その世襲の村長は村の祭祀権と行政権を掌握する。それは神の代行者としてである。そして、村長とその古老たちによって住むべき適地が見つかると・・・その中で神が天から降臨するのにふさわしい一本の聖木が選ばれる。』

『この聖林・聖木は、洋の東西を問わず、あらゆる民族に共通して見られるものであるが、わが国では周知のように「神奈備山・三室山」と呼ばれた円錐状の整った山、または樹木が選ばれ、その中の巨樹や巨岩を神の鎮まるところとした。そして後に、社殿が設けられると、それが神社と称されることになる。』・・・とされています。

次に、『鳥居』はどういうものでしょうか。鳥越先生は、『春を迎えると村びとは協力して住居や穀倉の建築にとりかかる。そして、種まきの後に村の出入り口に「村の門」をつくる。』、とされています。何のために作るかというと、『この門は村で一番たいせつなもので、村びとの願いが集まっています。どうか、悪鬼や悪霊がこの門から村に入らないようにして、村びとの健康を守ってくださいと祈る。』とされています。

さらに、その門の上には、数羽の木彫りの鳥が置かれます。これは、『その鳥が、神が村びとの守護のために天から降臨するための乗り物だとされているからだ。』とされています。

『しめ縄』は、どういうものでしょうか。鳥越先生は、『しめ縄は「締め縄」のことであり、悪鬼、悪霊を就縛(しゅうばく・からめしばる)道具だ』とされています。そして、その綯い(ない)方は、日常のものとは異なり「左綯い」(出雲大社の綯い方)とされているということです。

『千木(ちぎ)』についてはどうでしょうか。鳥越先生は、『妻側の破風板が伸びて千木となった。』、あるいは、『屋根の両面の茅を押さえる竹が棟の上で交差して千木組となった。』とされています。

さて、今日の神社にも見られるこれらの特徴は、稲作文化に由来するとされます。中国には二つの大きな文明があったとされています。ひとつは、黄河(こうが)流域の黄河文明、もうひとつは、揚子江(ようすこう)流域の長江(ちょうこう)文明です。

畑作が中心の黄河流域には、これまで述べたような特徴はなく、稲作が中心の揚子江流域、そして東南アジアには、共通してこのような村落が見られるとされています(写真参考)。

特に、茅葺の高床式家屋は稲作と切っても切れない関係だとされています。私たちが良く史跡公園などで見る竪穴式住居は、縄文・畑作地域の家屋様式であり、稲作が発展した弥生・稲作地域では、高床式家屋が中心となったとされています。

稲作地域でなぜ高床式家屋が採用されたかは、斐川町の様子を想像してもうなづけることが多いと思います。

こうした、村や村びとを、外部からの悪鬼・悪霊・邪気から守り、より多くの収穫を神に祈るといった習俗が、やがて村の中心となった祭りの場としての神社に採り入れられて、整えられていったと考えられるのです。

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