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2010年10月の出版です。白陽社 1,890円(税込)
次のような感想があります。・・・『日本人なら大抵の人が知っている、ヤマタノオロチやイナバノシロウサギのお話。一方で大抵の人は、これらを単なるお伽話あるいは、架空の物語と思っているに違いない。だがしばしば、神話・伝承というものは、真実の歴史の投影(時に「逆さ鏡」として)であることが多い。「神話の故郷」出雲では、近年に入り、画期的な古代遺跡・遺物の発見・発掘が続いている。
1984年(昭和59)の斐川町荒神谷遺跡における358本!の銅剣出土、
1996年(平成8)の加茂岩倉遺跡における39個の銅鐸出土、
2000年(平成12)の、出雲大社敷地内の3本からめの巨大な柱の出土……。
最近では、記紀神話や出雲風土記の記述に、最近の考古学上の新発見を重ね合わせる中で、古代権力の基が大和王朝(や北九州王朝)ではなく出雲王朝にあるとの有力な学説が台頭してきている。
ただ本書は、専門家による固苦しい古代史論ではない。著者の元島根大学学長・北川泉氏の専門は、農学である。長い間出雲に暮し、出雲の史跡、農漁業文化の歴史を渉猟する中で、出雲神話の中の「真実」を実感するようになった。本書における出雲の「ムラ社会と風土」「稲作農民とタタラ(製鉄)部族の争い」には、深い専門的学殖にもとづく卓見が光る。また、オオクニヌシの「国譲り神話」の解釈がユニークである。あれは、「政治・軍事権力の委譲であり、祭祀権を守ったものである」と。そしてそれは、出雲人の心の奥底にある「祈る心」「和譲の精神」であると説く。著者の心底には出雲人への深い愛情が感じられる。古代出雲に花開いた「定住的複合文化」の再発見は、現代日本社会へのヒントになるのではないか。』
毎日新聞の記事には次のようにあります。・・・『執筆は7〜8年前に思い立った。「神話が生まれた2000年から2500年前ごろ、日本にはまだ文字がなかった。出雲には神話が多い。人々が伝承し古事記などの書物が完成したわけだが、出雲の古代人の死生観についても解き明かしたかった」と話す。
9章で構成。北川さんは古代出雲の特徴を「食べ物を獲得する活動の場として極めて豊かな環境で、中国大陸をはじめ国内においても遠隔地交流が盛んに行われた。しかし地形的には広大な平地を持たなかった」と指摘。ヤマタノオロチ神話については、「上流の製鉄集団と下流の稲作農民との間の対立構図こそが原風景」とし、「むすめは大蛇に食われるのではなく、斐伊川のはんらんによって根こそぎ持ち去られた稲作農民の窮状を訴えたもの」とした。
専門書ではないが、北川さんがこだわったのは斐川町の荒神谷遺跡だ。84年、弥生時代の銅剣358本が見つかり、銅鐸6個、銅矛16本も相次いで出土。「出雲風土記には、神社は合わせて399カ所とあるが、これは銅剣、銅鐸、銅矛の合計数に近い。国譲り神話と密接な関係があり、出雲の国の代表神たちは、国譲りの約束が行われたのち、各集落の神社に奉納していた銅剣を集め、盛大な祀(まつ)りをして埋納した」との持論を展開。「荒神谷での銅剣の埋納は、小国分立、銅剣シンボル祭祀(さいし)の終焉(しゅうえん)を意味し、新しい神の国・出雲の出発点でもある」とまとめた。
北川さんは「我が国は農耕文化を基本とした助け合いの精神が豊かな国。その根底には『農の心』があることを、多くの人に知ってもらいたい」と話す。』
原稿入力などを少しお手伝いさせて頂きました。北川先生の情熱には心打たれるところがありました。
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