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古代出雲の豆知識

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宍道湖・大橋川・中海周辺には、たくさんの古い神社や、古事・古伝が残っています。
ここでは、それをざっと紹介しましょう。

◎宍道湖・中海周辺の風土記の神社(売布神社より東へ反時計回り)

1.売布神社 2. 阿太加夜神社(東出雲町) 3. 揖夜神社(東出雲町) 4.タコ神社(大根島、江島) 5.横田神社(美保関町森山) 6.多気神社(美保関町上宇部尾) 7.久良弥神社(新庄町) 8.川上神社(上本庄町) 9.長見神社(長海町) 10.布自伎美神社(嵩山) 11.大井神社(大井町) 12.多賀神社(朝酌町) 13.須衛都久神社(末次町) 14.生馬神社(西生馬町) 15.布奈保神社(浜佐田町) 16.佐太神社(鹿島町)・・・。
といったところが、『出雲国風土記』に見え、現在の神社に比定されており、かつ、水上よりおよそ指呼が可能な神社群です。

◎宍道湖・中海周辺に関係するその他の神社

1.手間天神社(馬潟) 2.白潟天満宮(天神町) 3.嫁島の神社 4.平浜八幡宮(武内神社) 5.粟島神社(米子市彦名町)・・・
これらは、風土記には見えないが宍道湖・中海の沿岸にあることになります。

◎宍道湖・中海周辺に関係する遺跡、古事・古伝

1.手間天神社とスクナヒコナ伝説 2.矢田の渡しと朝酌・大井の歌垣や湧き水 3.安来の毘売塚古墳とワニへの復讐(風土記) 4.安来の十神山と尼子十神城 5.森山の縄文遺跡(サルガ鼻・権現山洞窟遺跡) 6.長海町の弁慶生誕の地伝説 7.枕木山(華蔵寺)と嵩山の修験道伝説 8.松江大橋と源助伝説 9.嫁島伝説 10.宍道湖上から見える四つの神奈備山(仏経山、大船山、朝日山、茶臼山)と松江城と古曽志古墳 11.航海の安全の神様の話 12.阿曇・宗像の海神族の活躍 13.売布神社の祭神・所伝

◎宍道湖・中海周辺に関係する水産特産品、名物、行事

1.売布神社の神事 2.宍道湖七珍 3.中海八珍 4.ホーランエンヤ 5.安来節・北前船

◎宍道湖・中海周辺に関係する湖、河川、自然景観、治水

1.古代の中海・宍道湖・斐伊川・大橋川 2.意宇川(熊野大社はじめ古代出雲の話)・飯梨川・伯太川(踏鞴製鉄・運搬) 3.佐陀川(佐陀の水海) 4.袖師ヶ浦(禊場) 5.島根半島、中国山地、弓ヶ浜・大山の景観 6.宍道湖・中海干拓淡水化 7.大橋川拡張問題 

ものすごく豊富な歴史観光資源だと思います。

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出雲から出てくる生活遺跡の特徴の一つに、あまり指摘されてはいませんが、非常に長い間そこに住み着いていたのではないかという点があります。

出雲大社の「出雲大社境内遺跡」、その近くの「菱根遺跡・本郷遺跡」「原山遺跡」、松江市の「西川津遺」「タテチョウ遺跡」「佐太講武貝塚跡」、雲南市の「角田遺跡」「平田遺跡垣ノ内遺跡」「宮ノ脇遺跡」、安来市の「塩津山遺跡 」「宮内遺跡」「門生黒谷I遺跡」などなど。

これらは、縄文時代から弥生はもちろん近代まで続く居住地となっています。そこに、各時代の、重層する遺物が発見されているのです。出雲の遺跡は、人が住むことをやめて長年うずもれていたという遺跡もたくさんありますが、むしろ、定住性の高いなかで、長年の歴史と生活が刻まれたところで発見される、その理由を検討するのも面白いかもしれません。

『出雲の建部』

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荒神谷遺跡の一帯は、かつて「建部=タケルベ」とも言われていました。ヤマトタケル命をたたえて、全国の軍事要所には「建部」=朝廷の直轄軍隊を置いたのです。また、その地域の豪族を牽制し監視する目的もありました。この地に「建部=タケベ」「武部」姓が多く残っているのもそのことからなのです。

荒神谷遺跡のあるところが、軍事の要衝だったことは、戦国時代に尼子氏が、高瀬山という荒神谷遺跡の背後の山に、出雲平野の要として広島の毛利軍や、山口の大内軍に備え、高瀬城を築いたことでも理解できます。

この高瀬城は、尼子の名将「米原綱寛」が毛利の大軍を防いだ難攻不落の名城として、今も、その篭城戦が語り継がれています。くわしくは、http://blogs.yahoo.co.jp/nigiribotoke2000/
に記載があります。現在も、高瀬山にはそのお城のなごりが残っています。また、高瀬山のことは、このblogの『天降る女神たち』でも記載しています。

『大国主命の別名』

大国主命のたくさんの別名について、さまざまな解釈があります。ここでは、代表的なものを列挙してみましょう。

大己貴(大穴牟遅)=オオナムチ
1.「チ」は自然神的霊威にあてられる音で、「地」を意味し「大地の神」を表わす。
2.「ナ」は、平らな土地を意味し、「チ」は霊威を表わす。 ※「土地をナらす」

大物主=オオモノヌシ
「モノ」は霊威・霊格のことで、強力な霊格の持ち主のこととなる。 ※「モノノケ姫」

葦原醜男=アシワラシコオ
「シコ」は野性的で力強い男の意味。葦=アシは生命力の強さを表わす。 ※「シコを踏む」

八千矛=ヤチホコ
文字通り大きな武力、軍事力を持つことを表わす。 ※「荒神谷遺跡?」

これだけをみても、野性、力強さ、現実的な武力、そしてそれをさらに支える霊威・霊格を持ち備えていることがわかります。

大国主とその別名の関係は、一言では説明できない大国主命の内容を、それぞれの別名でわかりやすく表現したのではないでしょうか。

もちろん、大国主は現実の固有名詞ではなく、国土開発にあたったさまざまな神様の抽象名詞であることに違いないのでしょう。

『古代出雲の神社数』

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『出雲国風土記』(733年)は、冒頭の総記の中で、「神の社は、三百九十九所なり」と記しその内訳は、「百八十四所は神祇官にあり」「二百十五所は神祇官にあらず」とします。

「神祇官にあり、あらず」とは、神祇官の神社台帳に登録された政府公認の神社(「式内社=官社」)であるか、そうでないかということを意味します。

『延喜式』(927年)によれば、出雲国の式内社は、百八十七社とあり、風土記より三社ふえます。

式内社だけで比べると、大和国二百八十六社、伊勢国二百五十三社についで多いのですが、大和や伊勢では、そのほとんどが式内社(官社)です。
したがって、式内社(官社)以外のものを含めた総神社数では、出雲国が全国で一番多かったことになります。

さらに、伝承から推測すれば、この他に精霊や海の神(わだつみ)を祀る神社が、まだまだたくさんあったとされるので、まさに、古代出雲は神の国だったといえます。

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