軍師の独り言

すっかり日記になってしまいました(笑)

チビ軍師

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チビ軍師は、同級生たちがまだ将棋を覚えていない頃から将棋を覚えていたので、同級生たちの中では、

将棋は強かったが決して本格的に学んでいたわけではなかった。夜になると、おやじが食事をしながら将

棋を指して相手をしてくれたので、まあ本格的な強さではないものの学校ではほとんど負けることはなか

った。

とはいえ、うちのオヤジはよく子供の相手をしてくれるのだが、決して負けてくれるような人ではなかっ

た。将棋、囲碁、ボーリング、トランプ、卓球等々いろいろと遊んでくれたという意味では、いいオヤジ

だったが決して負けてくれなかった。もちろん、真剣に鍛えているわけではないので、多少の手加減はし

てくれるものの惜しいところでいつもチビ軍師の負けになるのだった。

ある日、昼間友達と十分すぎるくらい将棋を指して、連戦連勝で気分をよくしていたチビ軍師は、夜オヤ

ジが帰ってきて将棋をやろうと言われても、その気になれなかった。どうせ、また負けるしせっかく今日

は気分がいいのに、負けるのも嫌だよなと思っていた。しかも、いつも劣勢に立たされながら、オヤジに

「それでいいの?」とか「これをくれるなんてほんとにいい子だねえ。」とか小ばかにされたようなこと

を言われるので、その日はやる気がおきなかったのである。ところが不幸なことにそういうときに限っ

て、オヤジのほうが乗り気だったりする。「なんだよ。今日はやらないのかよ?」と言うから、「いつ

も、小ばかにされるようなことを言われるから、今日はいいや。」と言うと、オヤジは「じゃあ、今日は

そういうことを絶対に言わないから、やろう。」というのである。オヤジがそこまで言うのなら、仕方が

ないと思ってやることにした。

さて、「今日は連戦連勝だったし、1回くらい負けても小ばかにされないからいいか」と思いながら、指

していくと予想に反して、みるみるうちに敵を切り崩していくではないか!いつも勝たせてくれないの

に、「よし!今日は調子がいいぞ!」と思って、思わず「それでいいの?」とか「これをくれるなんてほ

んとに優しいお父さんだねえ。」とか言ってしまった。あとで考えれば血は争えないなあと思う

が・・・。そして、チビ軍師の勝利が確定した瞬間!オヤジが将棋盤の上に駒を投げて「やめた!」って

怒鳴った!チビ軍師、怒鳴られてようやく痛恨の一番であることに気がつくが・・・・あとの祭り。オヤ

ジが続けて怒鳴る!「お前となんかもう将棋やらないからなあ!」・・・チビ軍師はなぜオヤジが怒って

いるのかわかっているだけに、もう泣くしかなかった。「ごめんよお。ごめんよお・・・」と泣いてい

る。

母がオヤジの食事の支度を終えてこっちに来て「どうして泣いているんだ?」と聞くから、「最初に小ば

かにされるから、嫌だからやらないと言ったのに、勝ち始めたら自分が小ばかにするようなことを言って

しまっていたから、オヤジに怒られた。」と泣きながら説明した。ところが、この母も優しくないのであ

る。「じゃあ、お前が悪いんじゃないか!」と言われ、さらに大泣き!「だから、ごめんって言ってるじ

ゃんよお・・・」とそのまましばらく泣きじゃくる。しばらくしてさすがにオヤジも「わかったから、泣

くな。」と言ってくれたけど、内心「こっちももう引っ込みがつかないんだから、このまま泣かせてくれ

え!」と思いながら、好きなだけ泣いた。

それにしても、いまだに謎だがそのときのオヤジは、わざと負けてくれたのだろうか?負けが込んで将棋

を指すのを嫌がったと思って、たまには負けてやろうと思ったのだろうか?それなら、小学生の低学年を

相手に調子に乗ったからって怒鳴ることもないと思うがな・・・と今は思う。

でもね。下町的な風土のある地域だったから、そんなことが意外と父と子のふれあいだったりしたんだ

よ。それにしても、自分で言ったことをやってしまうとは、その後のチビ軍師の人生においてもこれ以上

の不覚があっただろうか?と思うエピソードなのです。

久しぶりのチビ軍師の第7話は、「チビ軍師の後悔」です。

チビ軍師が生きた時代はちょうど、怪獣や怪人などの全盛期で、ウルトラマンシリーズや仮面ライダーシ

リーズがとても流行っていました。そこで、普段よく遊んでいる仲間たちと怪獣図鑑を買いにいったので

す。怪獣図鑑の値段は500円でまだ500円玉のない時代でした。

普段はそんな大きなお金を持ったことのない大金(といっても千円ですが)を手にして、緊張気味に「怪

獣図鑑」を買いに行きました。さて、「怪獣図鑑」を買ったところでいきなり問題発生です。500円札

を持ったA君と千円札を持ったチビ軍師が同時に、レジで怪獣図鑑を買いました。お店の人はA君が渡した

500円札をチビ軍師のお釣りにそのまま手渡しました。このため、いっしょに買いに行っていた仲間た

ちは、チビ軍師がもらった500円札はA君のものだというのです。「チビ軍師は、財布に入れた500

円札をA君に返すべきだ!」という話になりました。もちろん、知力第一の軍師のはしくれですからチビ

軍師は、「もともと千円持っていたんだから、お釣りを500円もらうのは当然でしょ!」と言うのです

が、仲間たちは納得しません。その500円札はA君のものだといって譲らないのです。ただ、周りの仲

間たちはともかくA君は感覚的に損をしていないので、「そうだな。俺の500円だけど、俺は損してな

いよ。怪獣図鑑を持ってるし。」という感じだったので、何とかそのまま500円を持ち帰ることができ

ました。ただ、仲間たちには、何度も「お店の人が一度レジに500円を入れて、別の500円をくれれ

ばそれはチビ軍師のものでしょ!だから、一度レジに入れなくてもその500円はチビ軍師のものだよ

ね。」と説明したのですが、納得してくれません。あくまで「一度レジに入れれば、チビ軍師のお釣りだ

けど、レジに入れなかったじゃん!だからその500円はA君のものだから、返せよ。」と言うのです。

特に、少し年上のリーダー格のお兄さんが、「それはA君のものだ」というので、大勢はA君のものだとい

うことで固まりそうだったのです。でも、A君が「俺は損をしていないよ。」と言ったので、助かりまし

た。

さて、それから家に帰ろうとしたのですが、「せっかくデパートのたくさんある駅まで来ていながら、遊

んで帰らないのももったいないねえ」とチビ軍師が言い出して、少し遊んで帰ることにしました。デパー

トの屋上は当時、小学校1年生にとって夢の世界です。遊園地のようにいろんな乗り物やゲームのような

遊びでいっぱいでした。もちろん、お金がたくさんかかるのは遊べないけど、ゲームなら遊べるねえって

思う存分遊んでいました。しばらくそうやって楽しんでそろそろ帰ろうかという時間になったら、なん

と!チビ軍師の怪獣図鑑がないのですうううう!!!大ショックのチビ軍師です。本来はその怪獣図鑑を

買いにきたのですから、家に帰って母親に叱られることを考えると「オーマイゴッド!」状態でした。仲

間たちが帰ると言うので、「もう少し探してみるよ。」と言って一人残ったものの小学1年生には荷が重

く、みんなが帰る姿をみたら急に心細くなって、泣きながら仲間を追いかけて帰りました。

家につくと、母親のカミナリを覚悟していましたが、意外と「何やってんだ」と言われたくらいで済んで

しまい、「どうしても欲しかったんだろ?」それじゃ、明日付いていってやるから買いにいこうと言って

くれました。このときの母親がどれほど神様に見えたことか。

しかも、本当に買ってくれたし、翌日には「500円はチビ軍師のもので正しい」とリーダー格のお兄ち

ゃんが認めてくれたのです。どうやら、家に帰って家族に聞いてみたらしいけど、チビ軍師が正しいと言

われたみたいでした。

でもね。チビ軍師としては、怪獣図鑑を失くしたことは痛恨だったんだよ。本当に後悔しているんだ。5

00円のお釣りの件で、正しいことがわかっているのは僕だけだと思って自惚れて、色気を出してデパー

トの屋上で遊んでいこうなんていうから、バチがあたったんだよね。怪獣図鑑を買うという目的を果たし

たら、余計なことは考えずに素直に帰ればよかったのに・・・。

この事件以降、大事な用事をするときにはちゃんと終わらせてから、次のことをすることにしたよ。大事

な用事に失敗しないようにね。

秋といえば、運動会のシーズンです。もちろん、チビ軍師も運動会には参加しましたが、実はとってもお

恥ずかしい話があるのです。実は小学校の高学年になるまで、運動会の「かけっこ」が足の速さを競うも

のだと知らなかったのです。信じられないかもしれませんが、本当にみんなが走っていく方向になんとな

くついていっただけで、1等とか言われても何のことか正直わかっていませんでした。もちろん、父や母

から「かけっこは何等だった?」と聞かれるので、いつも5等とか6等とか答えていて順位がいいほうが

いいのかもしれないくらいには思っていましたが、かけっこの時そもそもどこへ走っていけばも知らなか

ったくらいの大ボケチビ軍師でした。

また、これが今と違って親が運動会をわざわざ見にきたりはしませんでしたが、近所のおばさんが写真を

撮ってくれていたりするのです。この写真を見て、中学生くらいになってからよく妹に笑われました。

「お兄ちゃんは一番ビリを走っているのに、写真を見るといつもニコニコしながら走っているから、バカ

なんじゃないかと思う。」というのです。これは、弁護させてもらうとそもそも競争していることに気が

ついていませんから、みんなが同じ方向に走っていくので、それについて行くのが楽しくてニコニコして

いるのです。早い話が「みんなどこへ行くの?えへへ!」って感じでついて行っているだけなのです。だ

から、一番最後を走っているに決まっています。なので、順位はビリに決まっています。

もちろん、以前書かせていただいたように体が病弱でもありましたから、もともと足は速いわけではあり

ませんが、いつもビリというのには実はそんな理由があったのです。

小学生の高学年になって、ようやくそのことに気が付き、やっと3位になりました。

小学校5、6年生のときには、サッカーや水泳で体を鍛えましたので、中学生になるころには、まあ足が

速いと有名な生徒がいっしょでないかぎりは1等をとるようになってました。

このように、チビ軍師は本当に一般的に「なんで?」と思うようなことができなかったり、反対に「どう

してできるの?」と思うようなことができたりするかなり変わった子供だったようです。どうも先天的な

知識がないので、自分ですべて体験したり学んでいないとわからないという子供でした。だって、かけっ

この意味なんて誰も説明してくれないんですからね。まあ普通はわかるのでしょうが、私にはその普通が

逆に不思議なのです。なので、学校の先生の評価も本当に極端に割れましたね。

「この子は大器晩成だ」と言ってくれる先生と「とにかくボケてて何を考えているのかわからない。」と

いう先生とに分かれていました。

でもね。かけっこの意味を高学年まで知らなかったことは誰にも内緒なんです。今、考えるだけでも穴が

あったら入りたいくらいの大ボケですからねえ。ブログのみなさんとだけの秘密ですよ。フフフ!

ちなみに、エジソンの逸話で、先生がリンゴを1個といったのを半分に切って2個だと主張したのを聞い

たときには、共感するものがありました。それは1という単位を決めていなかった先生が悪いと思うので

す。とはいえ、かけっこの意味をいちいち説明する先生もいないですよね・・・。

やっぱり、反省!<m(__)m>

チビ軍師はお祭りが大好きだった。毎年6月になると近くの神社の夏祭りがあり、金魚すくいや射的など

の店がたくさん出たのである。だが、毎年どうしても思うように遊ぶことができない。そう資金が簡単に

底をついてしまうからだ。なので、昼間友達と行っても眺めるばかりで好きなことが思うようにできな

い。

チビ軍師が友人と夢中になっていたのは、鯉を釣り上げる遊びだった。本当の釣りと違って、針をひっか

けて釣り上げるのだが、糸がそんなに強くないので糸が切れたら終わりという遊びだ。釣りやすさから言

えばエラにひっかければ釣りやすいのだが、それだと鯉が傷んで釣ってもすぐに死んでしまうので、私も

友人もエラを傷つけたりせずに、ご丁寧に釣りにくい口にわざわざひっかけて釣っていた。糸が切れるま

での1回で当時200円から400円くらいだったと思う。釣り上げたら全部持ち帰らせてくれる。この

釣り遊びを何回もやるので、すぐにおこずかいは底をついた。一度でいいから思う存分やってみたいと思

った。

そこで、チビ軍師は考えた。

1年で一番お金をもらえるのはいつだろう?−それはお正月にお年玉をもらったとき!

1年で一番お金を使いたいのはいつだろう?−それはお祭りで遊びたいとき!

結論は明らかだった。いつもお年玉をもらってからお祭りまで半年もあるからその間に何かとおもちゃを

買ってしまい、お祭りのときにお金を持っていないのだった。「お年玉を使わないで、お祭りがくるまで

持っていればよい。」これが結論だった。

でも、目標を達成するのはなかなか難しい。お年玉をもらうといつも欲しいものがあるので、今年は何を

買うのか?と両親にも親戚にもよく聞かれる。「今年は何も買わない。」というと「お年玉返してくれ」

とか「じゃあおじさんにこれ買ってくれ」とか言われて茶化された。ちなみに親戚の中では一番年上の孫

だったので、私が「人生ゲーム」を買うと親戚中で流行ったり、手品の仕掛けを買うとこれも親戚中で買

って楽しんでいたようだ。そんなわけで、「何も買わない。」というのは、「なぜ?」という疑問が大き

かったが、母が理由をバラしてしまい、親戚中に「それはチビ軍師らしいなあ」って大笑いの末、納得さ

れてしまった。恥はかいたが、これで第一関門突破!(^^ゞ

次に近所の友人たちが今年はチビ軍師は何を買ったのか?と聞きにくる。それはいつもゲームを買うとい

っしょにやるし、手品を買えば披露するから、今年の話題は何か?と友人たちが集まってくる。今年は何

もないと言うと、「お年玉もらわなかったのか?」と聞かれ、正直に「もらったけど、何も買わない。」

と言うと、そんなこと言わずになんか買ってみんなで遊ぼうぜ!と言われてしまう。さすがに断りきれず

に、お年玉の3分の1を失った。

それから、今度は日常の誘惑。週に一度、紙芝居のおじさんが公園にやってくる。「カタムキ」というの

をやっていて、うまくむけると水あめやソースせんべいがもらえる。これにも、実ははまっていたので、

苦悩の末少しだけ使ってしまうことにした。

しかも、冬は焼き芋の季節で、遊んでいるとみんなでよく買って食べたので、これまた焼き芋屋のおじさ

んが、いつも買ってくれるのにどうしたの?おこずかいが少ないならいつも買ってくれるから、今日は半

額でいいよって言われて、これも誘惑に負けて買ってしまい、なんだかんだでお年玉はすぐに半分くらい

になってしまった。いつもと違う行動をすることがこんなに難しいとは・・・トホホ。

「子供への誘惑がなんて多い世の中なんだ」と言って、周囲の大人を笑わせたところで、遣ってしまった

お金は戻ってこない・・・。(;一_一)

とはいえ、数々の誘惑と友人の期待に応えながらも、何とか3分の1だけでもお年玉はお祭りまで残すこ

とができたのだった。さあて!思う存分お祭りを楽しむぞい!って、その年のお祭りは思う存分楽しむこ

とができましたあ!

でもね。そんな時に限って、お年玉はちゃんと残ったかあ?って親戚が大勢遊びにきて、祭りで遣えとこ

ずかいくれるもんだから、思いっきりお祭りを楽しめたことは違いないんだけど、お年玉を残してなくて

も思う存分遊べるくらいこずかいをもらってしまって、とっても複雑な心境のチビ軍師でした。(^^ゞ

教訓、備えあれば憂いなしといえど、世の中ままならず!・・・ちなみに備えるという意味で、勉強の予

習というものを初めてチビ軍師がやるまでに、あと7年の歳月を要するのだった。(^0_0^)

チビ軍師は、小さいときからよく本を読まされた。そう自分から読むのではなく、母の影響で“読まされ

た”という表現のほうがしっくりくる。もちろん、お話や物語は好きだったのだが、自分で読むのは面倒

だったのである。なので、寝る前に母が少しだけ本を読んでくれたことがあったが、そのときは本を読ん

でもらうのがとても楽しみだった。

そもそも私の記憶では、幼稚園で少し「あいうえお」を習い、小学校1年生の最初にも「あいうえお」を

やった記憶がある。なので、当時、特に下町風の文化圏では小学校にあがる前の幼児が本を読んでいるの

は、たぶんそんなに普通のことではなかったのだと思う。

しかも、絵がきれいで気にいっていたので、愛読書というか何度も繰り返し読んだ本が「イソップ物語」

だった。今考えるともっと幼児向けの「桃太郎」とか「赤ずきんちゃん」とかなかったのか?と思わない

でもないが、5話か6話くらいの短編のお話が収録されていた。すべて教訓のようなものが含まれてい

て、「戦いに勝っても勝ち誇ると災難が降りかかる。」とか「自分のことをするのに、人の助けを当てに

してはいけない。」など大人が読んでもなるほどと思うような内容だったので、自然に幼児としては可愛

くない思考の持ち主になっていったのだろう。

小学生の低学年だったときに近所のドブ川の近くで4人くらいで遊んでいた。そのとき他の3人の友人は

工事で使っている板状のものをすべり台代わりにすべって遊び始めた。イソップ物語では「行動を起こす

時には結果をよく考えて行動すること」という教訓があった。そこでチビ軍師は危険だと思い、「あぶな

いからやめたほうがいい。」と言ったが臆病者呼ばわりされて「いっしょにすべらないなら帰れ!」と言

われてしまい、それ以上止められなかった。もちろん、3人が心配だから帰らずに様子をみていたのだ

が、案の定、3人が一度に乗ったとき重くなった体重で板ごと3人は川へ落ちてしまった。「たいへん

だ!」と大声をあげると通りかかった大人が川へ入って3人を助けてくれた。2、3分くらいの出来事だ

った。そのあと、3人の家へいっしょについていって状況の説明をさせられた。3人ともケガはたいした

ことなかったがドブ川なので全身黒い水でビショビショだった。

さて、全部見ていたのはチビ軍師だから説明させられるのはよいが、4人で遊んでいてチビ軍師だけが無

傷なのだから、よく言われるわけがない。「君だけ何でもなかったのか」とか「危ないと思うならなぜ君

が止めなかった」とかイヤミをいう家もあった。チビ軍師としては、「えっ?僕が悪いの?」って疑問に

思ったが子供同士ではわかっていることで、「チビ軍師が正しかった」と4人の中ではその後チビ軍師を

臆病者呼ばわりする者はいなかった。

とはいえそんな大人たちの反応をみて、友人たちをとめるだけの知恵までなかったことは確かにまずかっ

たと思いはじめた。3人のケガが大したことがなかったからよかったものの一人でも重傷もしくは亡くな

っていたら、止めきれなかったことを一生後悔しただろう。まだ小さかったので、ここまではっきりとは

考えていなかったが、漠然とこんなようなことを考えていた。

「でもね。イソップ物語には友人たちをとめる方法までは書いてなかったんだよう。」というのが、チビ

軍師の精一杯だった。

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