軍師の独り言

すっかり日記になってしまいました(笑)

軍師の経営哲学

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休養いたします

ええと、このブログはしばらくの間休養します。しばらくがどの程度の期間になるかはわかりませんが、

休養します。

理由は、今後仕事がとても忙しくなるので続けることは難しいだろうということです。どちらかという

と、私は2つのことに同時に集中できないので、今後は仕事一本で集中してがんばっていこうと思ったの

です。

私も40歳を過ぎて、元気で働ける年月も限られてきたことを感じています。そんな中で思い切り仕事へ

自分を投入することにしたということなので、前向きな決断ですから、心配はいりません。

多少軍師らしく表現させていただくと、「天の時、地の利、人の和」を得たので、今しかないという想い

で仕事に邁進することにしました。これまでの自分は、「この3つを得るまでは」と「動かざること山の

如し」を貫いてきました。動かないことを臆病者、無能者と思う輩もいたようですが、私にはそんなこと

は関係なかったのです。「じっと機が熟すの待ち、機が熟したから動くことにする」そういうことです。

そんなわけで、ここを訪れてくださった方々にはご理解賜りたいと思います。

また、いずれ仕事で成功を収め、一段大きくなってここに帰ってくる日もあるかもしれません。その時に

は、自分が何をしていたのかをお話できるかもしれません。

なお、このブログは閉鎖はしませんので、興味のある方はバックナンバーをお楽しみください。

応援してくださった方々、これまで本当にありがとうございました。

なお、ゲスブで連絡はとれますので、タイムリーに返事ができないと思いますが、何かありましたら、そ

ちらに記載していただければと思います。

ありがとうございました。感謝!m(__)m


P.S.おとっぴいさんとは、すでに仲直り済みです。今後も友人としてのお付き合いをするということで、

お互いに納得いたしました。この件に関して、ご心配をおかけした方々に再度お詫び申し上げます。

無用の用

経営においては、「経営資源というものは限りあるものであるから、経営資源を有効活用するべきであ

る」ということはとても重要なことである。このことを実現することが経営なのだと言っても過言ではな

いくらいである。だから、経営者というものは効率的経営を常に心がけていなくてはならないのである

が、なかなかうまくいかないのも事実である。

さて、そこで「無用の用」という話をしてみたい。この話は「効率的経営をしようということは無駄であ

る」という意味ではなく、「一見無駄に見えることが無駄ではなくむしろ重要なものであった場合に、無

駄を排除したつもりがかえって効率的な経営と逆行してしまうことがある」という意味である。なので、

あくまで前提は「効率的経営を実施する」ということであるが、この話は「こんなこともあるからよくよ

く注意して無駄を排除することが大事である。」という話である。

こんな話がある。ある会社に誰が見ても「給料泥棒」と思われるような従業員がいた。仮にA氏と呼ぶこ

とにするが、とにかく、ろくな仕事ができないし一生懸命にやろうともしない。こんな人間をどうして雇

っておくのかと誰もが思っていた。あるとき、社長が亡くなりその息子が社長を継ぐことになった。前社

長も効率的経営を掲げて経費削減や能力主義を徹底的に実施していたから、A氏の給与は低い評価を前提

としたものであってそんなに高いものではなかったが、それでも一人分の給与がどうしても無駄に見える

状態であった。それでも、前社長はA氏を雇用し続けていた。だが、息子である新社長は効率的経営を実

施するべく、真っ先にA氏をリストラの対象にした。おそらく、経営者としては当然の判断だったのだろ

うと思われる。だが、そのあとその会社では「この会社では誰が一番無能か」という魔女狩りが始まっ

た。もともと能力主義を徹底的に実施していたから、魔女狩りは苛烈なものだった。「一番無能」という

レッテルを貼られた人間が周囲から冷たい仕打ちを受けたり悪口を言われて退職していくことになった。

一人辞めても次に無能なのは誰かということになって、あれよあれよという間に大勢の人間が辞めてい

き、だんだん優秀であろうとなかろうと自分が無能だと言われないために、他人を無能だと言い続けるこ

とがその会社の文化になってしまった。当然、個々の従業員が自分の能力を発揮することに集中するので

はなく、魔女狩りの対象にならないことだけを考えて行動するようになるから、会社がおかしくなるのは

当然である。

この話の教訓は、この会社の経費削減や能力主義が厳しければ厳しいほど、A氏のような存在が「A氏でさ

えクビにならないのだから、自分はがんばっているほうだ。」と安心して業務ができていたということを

教えてくれている。自分よりも無能と言われる人間が存在することで、自分の存在意義を見いだすこと自

体、レベルも低いし呆れる話だが、人間社会の縮図をみている気がしないだろうか?「勝ち組、負け組」

のような言葉が流行したことも記憶に新しい。

この話は、あまりにも極端すぎるとは思うが、過度の能力主義や序列意識は簡単に組織の組織としての機

能を壊してしまう。そんな場合にA氏の存在が会社の「ゆとり」を表現することになって、空気清浄機の

ような機能を果たしていたものと考えられる。

考えてみれば、年功序列制はこんなことからも組織を守っていたのかもしれない。

会社を愛しているか?

実はこの「会社を愛しているか?」という言葉は私がたいへんお世話になった人の言葉である。私にとっ

ておそらくこの言葉は「座右の銘」と言ってもいいのかもしれない。

例えば、コンサルタントとして会社に営業をかける。大抵の場合、反応は冷やかである。もちろん、どの

ようなコンサルティングを提案するのかにもよるが、どうも日本の社会ではコンサルタントと言ってもあ

まり成功例を聞かないせいもあって、「どうせ高いお金を巻き上げて何の役にも立たないのだろう」と言

いたげな反応であることが多い。そこで若かりし頃は、一応自分が提案できるコンサルティングをプレゼ

ンするわけであるが、最初から猜疑心をもって見られているのだから成功するはずもない。私はそう思っ

て「相手に改善する気がないのだから無理ですよ」なんて言っていた。

そんなときお世話になった恩師から「お前は会社を愛していない」と言われてしまった。最初はその意味

がわからなかった。もともとこちらの話を猜疑的な反応で聞いているような経営者とその会社なんて愛し

ているわけがない。そういう意味では単に「そのとおりです」って言うだけだった。だがどうしてもこの

「お前は会社を愛していない」という言葉が頭から離れなかったのだ。

そして、その言葉を気にしながら数年のキャリアを積んでいったときに、少しずつその意味がわかってき

た。男女関係でもそうかもしれないが、自分が愛されたいと思ったら、まず自分が相手を愛することが重

要になる。しかも、こちらが愛していない場合には相手にはお見通しである。だから、商売が前提で話を

しているうちはダメなのである。

そこで、コンサルタントとして営業をかけるときには、まず相手のことを知ることと愛することを心がけ

ることにした。するとそれまで見えていなかったものが見えてきた。まず、相手を愛することを心がける

ことで、相手の立場でものを考えることができるようになった。「自分の話は相手にはどのように聞こえ

るだろうか?」ということである。ただでさえ、コンサルタントは「会社がさらによくなる方法を教えま

す」っていうことが前提にあるので、これまで会社内でその仕事を実施していた人間の顔を潰すことにな

る。しかも心ある経営者なら長年付き合ってきた会社内の担当者と目の前に現れたばかりのコンサルタン

トとどちらを信用するだろうか?結果は目にみえている。よそ者を信用するわけがないのだ。

だが、このことは決して会社が改善をしたくないということではない。会社のことを親身になって心配し

てくれる、もしくは会社を真剣に愛してくれていると思えるコンサルタントなら、例えよそ者であっても

話くらいは聞いてみようと思うものである。さらに「そこまで真剣ならきっとそのコンサルティングは成

功するだろう」と思ってもらえたら、成約する可能性はもっともっと高くなるはずである。

私は「会社を愛する」ということの意味を知ったような気がした。そして、それは営業したいから「会社

を愛しているように見せる」ということとも違うことだと認識した。もちろん、ビジネスである以上赤字

になってもやるということではない。これは私の持論だが「お金の話を掛け値なしで相談できるようにな

らなければ本当の信頼関係ではない」と思っている。だがコンサルタントが、経営者が自分の会社を我が

子のように感じているのと同じように経営者と一体となって、会社を愛することができたとしたら、コン

サルタントも掛け値なしの真剣勝負を挑んでいるということに疑いの余地はなくなるのではないだろう

か?と考えたのである。

以来、「お前は会社を愛しているか?」を自問自答しながら、自らの士気を高め、経営者との更なる深い

レベルでの心の交流を目指すことを実践している。今よりももっと真実に近づいていくために・・・。

会社の再生や会社経営に興味のある方が多いようなので、「会社の再生についての私見」を述べてみよう

と思う。

特にこれはコンサルタントとしての姿勢にも関わるものであるが、「会社の再生」といった場合に最も大

切なことは「その会社の本来の姿」であると考えている。つまり、コンサルタントが自分の得意な分野を

押し付けたり、リストラを強要したりしても会社は決して良くはならないのであり、最も重要なことは

「その会社の本来持っている潜在能力を十分に引き出すことである」と考えているのである。言い換えれ

ば、対象となる会社がいつのまにか忘れてしまった本来の持ち味や付加価値をもう一度再現してみせるこ

とが「会社の再生」といった場合に一番重要なことだと考えている。

「モチはモチ屋」という言葉がある。今、経営状態が悪化している会社であっても、もともとの創業時に

は「お客さんに喜んでもらえるものを一生懸命に提供したい」と考えていたはずであり、長年このテーマ

に真剣に取り組んできた会社が多いはずである。また、今創業者ではなく2代目、3代目になっている会

社であっても、「会社の伝統として受け継いだもの」、「祖父や父の後姿」、「経営理念としての魂」な

どがあるはずであり、歴史的な経緯を振り返ってみれば、それらを忘れかけていたことに気がつくのでは

ないだろうか?

私は長年に渡り、いろいろな会社と付き合ってきたが「魂」のない会社など見たことがない。もちろん、

現在忘れてしまっていて「魂」の感じられない会社は信じられないほど多い。だが、ひとたび経営者が

「自らの原点に立ち返り、忘れかけていた魂と事業にかける情熱を取り戻したい」と思ったならば、その

会社を一番再生できるノウハウをもっているのは、他ならぬ社長自身なのである。そして、コンサルタン

トは社長の想いを具現化すべく、触媒となるよう弱点の克服を提案していくことになる。

今の世は情報化社会とも言われ、情報があふれている。会社再生の事例やノウハウのようなものもたくさ

ん知ることができる。だがそんな小手先のテクニックなど、経営者が「魂」を取り戻すことに比べたら、

無意味にさえ思える。なぜなら、「魂」という言葉が示しているように会社が100社あれば100通り

の「魂の再生」があってしかるべきだからである。また、会社再生の事例やノウハウが今まさに再生しよ

うとしている会社にマッチしたものかどうかを十分に検討した後でないと適用することは大きなリスクを

伴う。病状にマッチした薬はよく効くが病状にマッチしていない薬は毒にしかならないので病状を悪化さ

せることになるからである。

重い病気のときには、何より病人自身が「生きたい」という希望を持つことが大事であると言われてい

る。これは会社の再生においても同じだと考えているのである。名医は患者の心のケアもうまいと聞く

が、まさに患者が病気と向き合い病気を克服していきたいという希望を患者といっしょになって二人三脚

で歩んでいけるコンサルタントこそが尊いと考えている。自分自身がまだその境地に達しているというほ

ど自惚れてはいない。まさに日々精進である。「上善は水の如し」この意味を想うとき、まだまだ未熟だ

と思い知らされる。

会社の自然治癒能力

人間の体には、自然治癒能力が備わっている。病気になっても軽い病気なら自然に治るし、怪我だって

「ツバつけておけば治る」という言葉に代表されるように自然に治る。

私は以前「会社=人体」になぞらえて説明することが多いと書いたことがあるので、会社の自然治癒能力

とはどのようなものかを説明しておこうと思う。

会社に自然治癒能力があるかないかは、「PDCAサイクルが機能しているかどうか」で判断することができ

る。「PDCAサイクル」とは、「Pはプランで計画のこと、Dはドゥーで実行のこと、Cはチェックで分析の

こと、Aはアクションで改善行動のこと」である。ここでは予算を例にとって説明してみよう。売上高の

予算が年間3億円だったと仮定して、Pは「売上高3億円の計画を立てた」である。するとDは「実際の経

営活動で売上高がいくらだったかということであり、ここでは2億5千万円だった」とする。そこでCは

「なぜ売上高が計画よりも5千万円も少なかったのか?を分析することになる。そして、理由や原因を特

定する。」最後のAは「Cで分析し特定した理由や原因に対する改善行動を取り売上高を3億円にできると

判断されれば、改善行動をとることを前提に次の計画の売上高を3億円と計画する」のである。もし、C

で分析し特定した理由や原因が改善できないものであったなら、そもそも計画の売上高3億円が計画とし

て適切でないので計画を2億5千万円に修正するといったサイクルとなる。

今度はこのサイクルの効用の例を説明してみよう。放漫経営で経営者が強気な会社があったとする。さき

ほどのとおり、売上高を3億円で計画しこれに対応する利益が出るから、役員の報酬を高く設定したとす

る。だが強気な計画すぎるからやはり実際の売上は2億5千万円で終わる。これの原因分析をするとどう

やら2億5千万円で目いっぱいの売上であり、計画自体が高すぎることが判明した。そこで改善行動とし

て次年度の売上高の計画を2億5千万円にして、役員の報酬を下げるといった具合に改善していくという

ものだ。例では簡略化のために原因分析の理由が様々であることが表現されていないが、原因分析の精度

については毎年やっていて優秀な人材が分析していれば慣れてくるのでそれなりにはなってくる。ただや

はり原因分析の部分は難しいことと手を抜くと原因の特定を誤る可能性があるので注意が必要である。実

はこれもコンサルタントとしては飯のタネになるのだが、最初の導入時にはコンサルタントを入れてどう

すれば高い精度の原因分析ができるのかを実際に原因分析をやってもらってやり方をみせてもらうとよ

い。

ちなみにわかりやすくするために、売上高という会社にとって代表的な要素を例にしてみたが、これは単

なる予算実績分析だけではなく、会社の行動のすべてに適用すべきものである。

例えば、新入社員で優秀な人材の確保というテーマがあったとする。Pはテーマそのままで10人採用と

いうのを決めるくらいかもしれない。Dは10人採用して使ってみたが、どうも満足のいく能力が発揮で

きているとはいえない。Cは原因分析の結果「人事採用者が無能」、「採用条件が悪くよい人材が応募し

ない」、「採用当初の研修を実施していないか、もしくは充実していないために現場で訓練しておりすぐ

に能力を発揮できない」、「採用広告に魅力がない」等々が分析結果となる。そこで、改善行動をとる。

たぶん原因を見ればどんな改善行動をとればよいかはわかると思う。実際は改善行動で改善できればそれ

を実行することで条件をつけて10人採用という計画を立てることになるだろう。だがどの改善策もうま

くいきそうもないといった場合には、新入社員は採用せずに派遣社員に変えるとか、新入社員の採用を止

めるか減らしてその分中途採用を増やすなども考えられる。

良いといわれる会社には、この「PDCAサイクル」があり、自然治癒能力が備わっているものである。そう

でない会社の場合には、原因分析ができなかったり、原因分析ができてもそれを認めなかったり(特に握

りつぶす管理職のいる会社は本当にレッドゾーンですよ)、認めても改善行動を無理だと決めつけたり、

改善行動が無理と決めても他の方策を考えなかったりなど「PDCAサイクル」がどこかで途切れているもの

なのです。

最後にくれぐれもこれは予算実績差異分析のためのものではなく、会社の行動のすべてを事前に計画し実

際にやってみてうまくいかない原因分析をしてみて改善行動を取るというサイクルなのです。これは個人

商店や零細企業でも社長さえやる気なら、できるものと思われるので、まだできていないと思う経営者は

一度検討してみてはどうだろうか。

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