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最近、「自分はこんなにがんばっているのに、評価が低い。」とか「自分はこんなたいへんなことをして
あげたのに、なぜ相手はこちらのお願いを思うように聞いてくれないのだ。」という話をよく耳にするよ
うになったので、この点について記事にしてみようと思う。
まあ、まず会社で自分が評価してもらえないことを不満に思うのはごくごく自然なことである。なぜな
ら、以前も書いたことがあるが「他人が評価するのと自分が評価するのとでは、自分の評価のほうが高い
に決まっているからである。」他人が60点つけるところを自分では大抵70点くらいだと思っている。
もちろん、評価そのものも評価する人間の主観が強く反映されることが多いから、当然評価される側との
認識の違いも出てしまうだろう。だから、他人の評価をどうこう言ったところで、そもそも公正な評価な
どこの世に存在するとは思えないのである。そのことを知っているなら、少しは冷静にもなるだろう。そ
のうえで、他人の評価がどうのこうのというより、自分の志を磨くことが大切である。
会社での評価が低いとすぐに会社を辞めたくなるのは、精神的にはまだ成熟していないと言わざるをえな
い。むしろ、自分の志はどこにあるのか?自分をどこまで高めることができるのか?を考えるべきであ
る。そして、その精進を重ねた結果は必ず自分に跳ね返ってくる。修行が十分ならば、もう会社の評価が
どうのこうのとは言わなくなるだろう。自分の能力に絶対の自信をもって自分が進むべき道を自然に悟る
はずである。
「会社での評価が低いとすぐに会社を辞めたくなるのは、精神的にはまだ成熟していないと言わざるをえ
ない。」ということは、もっと直接的に言えば、会社に所属している理由は会社で評価してもらいたいか
らか?ということになる。それなら、評価されないから辞めるというのはわかる。だが、会社に所属して
いる理由は、本当は自己実現のためではないだろうか?つまり、自分をその所属する会社を媒体として成
長していくということで、自分の存在を確認する作業なのだと思うのである。その会社で学ぶことがもう
なくなったから、次のステージに進みたいという頼もしい言葉を是非聞いてみたい。もちろん、こんな言
葉は自惚れている部分をたぶんに含んでいるが、それでも自己実現の枠の大きさをより大きくしたいとい
う意味でとらえるなら、否定すべきでもないと思えるからだ。
大切なことは、他人にどうしてほしいということが優先しているうちはダメだということだ。他人は関係
ない。自分がどうありたいのか?どうあるべきか?それがすべてだと思う。
そのうえで、なるべく信頼できる人々との交流を深め、信頼できない人々とは疎遠になるように、自然に
振舞えばよいのである。たとえ、どんなに敵が明確であっても、本当の敵は常に自分であることを忘れて
はならない。
ちなみに、この記事は特定の人物を意図していない一般論で書いていることを強調しておく。たぶん、誤
解しそうな人物が数人いるようなので・・・。
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