コンスタンツ通信

ボーデン湖岸の町コンスタンツに滞在していた社会学者です。帰国のためブログは終了しました。

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新学期が始まり、私の所属しているベルンハルト・ギーゼン教授の講座で主催されている「文化社会学」のコロキウムも再開された。

このコロキウムは、大学内外からの研究者(博士課程やポスドクの若手からより年配の研究者まで)が研究報告をし、討論をするという、1時間半ほどの研究会である。

今学期第一回は先々週に行われていたのだが、私は日本に戻っていたために出席できなかった。先週はなかったので、今日(28日水曜日)が私にとっては新学期最初のコロキウムである。

しかし今学期の最初の三回は、やや変則的なプログラムとなっている。「フランスのポストマルクス主義者/ポスト構造主義者」を数名とりあげ、その業績を人毎に検討するというものである。「フランスのポストマルクス主義者/ポスト構造主義者」といっても、その範囲はそれほど厳格なものではなく、網羅的でもない。取り上げられる面々は、スラボイ・ジジェク、アラン・バディウ、ジャン=リュック・ナンシー、ミシェル・セール、ジャック・ランシエ、エルネスト・ラクラウ、ブリューノ・ラトゥール、リュック・ボルタンスキーなどである。必ずしも「ポストマルクス主義」あるいは「ポスト構造主義」の分類が適切でなさそうに思われる人物(ラトゥールやボルタンスキーなど)も入っているし、ラクラウなどはフランス人ですらない。また分野も哲学畑から社会学まで広い。

だが、このような括り方は、フーコー、ラカン、デリダといった「ポスト構造主義者」の大御所たち以後のフランスでの思想・理論のクリエイティブな展開について注目しようという意図が反映されている。アルゼンチン人のラクラウが入っているのも、彼がフーコー、デリダ、ラカンの思想を集中的に取り入れた理論的構築を行っているからである。

日本でもこれらフランスの最近の「ポストマルクス主義/ポスト構造主義」者たちの業績は良く知られており、翻訳も多い。だが、アカデミズムの世界、特に社会学ではこれらの人物はやや「イロモノ」扱いされる傾向があり、あまり真剣には読まれていないように思う。かくいう私も、この領域についてはあまり知識がなく、全く読んだことのない人物もいる。

その意味で、今回のコロキウムの企画はたいへんに勉強になっている。

コロキウムでは、まずそれぞれの思想家・理論家がどのようなアイデアを展開しているのかを知ることから始められる。その上で、彼らの業績が社会学にとってどのような意味を持つのか、あるいは意味を持ちうるのか否かが話題になる。

なお、日本でも大変に有名なアントニオ・ネグリ(彼はイタリア人だが、やはりフランス「ポスト構造主義」の影響を受けており、しかも「ポストマルクス主義者」である)もコロキウムで取り上げる候補にあがったが、ギーゼン教授の「議論が厳密性を欠き、検討するに足りない」という意見により却下された。

 ◆◆

今日はジャン=リュック・ナンシーとエルネスト・ラクラウについての報告が行われた。そのうち、ラクラウを報告したのは私である。

実は、ここで取り上げられる思想家の中で私がそれなりに時間をかけて読んだことのあるのは、このラクラウだけだった。そのため、私は彼のヘゲモニー論を少しまとるいい機会にもなると思い、彼とシャンタル・ムフとの共著『ヘゲモニーと社会主義の戦略』を中心に、彼のヘゲモニー概念にについて報告することにしたのである。

前学期には英語で報告させてもらったが、今回はドイツ語でやることにした。ドイツ語で報告するというのは、初めての経験である。

自分が選らんだ人物だから持ち上げようというわけではないが、ラクラウの議論はマルクス主義の伝統の上に立ちながら、ポスト構造主義の視点を効果的に取り入れた、大変に優れたものだと思う。イタリア人のマルクス主義者で1970年代に西欧のマルクス主義者たちの間で急速に再評価されるようになったアントニオ・グラムシという人物の「ヘゲモニー」の概念を、フーコーやデリダ、ラカンといった「ポスト構造主義」のディスコース論や主体論をもとに再構成したもので、政治や文化の社会学的な分析にとっても大変に刺激的な視点を提供している。他のポスト構造主義者と比べるとやや地味なきらいはあるが、とても真っ当な議論をしている人のように思える。

もう一人のナンシーについて、私はこれまで一冊も呼んだことはなく、未知の思想家だった。共同体(ないし共同性」)や集合的アイデンティティについて興味深い議論を展開している人のようだった。ファシズムや全体主義に向かわない「共同体」の可能性を模索しているようだったが、私には少々ロマンチックすぎるように思えた。といっても15分ほどの報告からうかがい知ることのできる範囲内の印象ではある。

これらフランス系の思想家の議論は、どれもユニークな発想と用語法を売りにしている。私にはやや「飛びすぎ」と思えることも少なくない、そこから学べるところも充分にあるだろう。

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