コンスタンツ通信

ボーデン湖岸の町コンスタンツに滞在していた社会学者です。帰国のためブログは終了しました。

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ブログ終了のお知らせ

 
イメージ 1
 
 
●今回をもって、『コンスタンツ通信』を終了します。
 
 
このブログを始めてから約1年と10ヶ月が経ちました。そのあいだアクセス数は延べにして5万7千回を越えました。ご愛顧いただいた読者の方々、ありがとうございました。特に、頻繁にコメントを書き込んで頂いた方々には大変感謝をしております。
 
読者の方々の存在が、ブログを続ける上での大きな動機づけになりました
 
このブログは、その名前が示す通りコンスタンツでの様々な出来事、コンスタンツから見たドイツや世界、そして日本について、感じたこと、考えたことを文章に綴ることを目的としたものです。しかし今、私がコンスタンツから帰ってきてしまった以上、残念ながら、もうこのブログを続ける意味がなくなってしまいました。
 
本当は3月17日の帰国とともに終える予定でした。しかし東関東大震災の影響で帰国が遅れ、それとともにこのブログもしばらく続けることになりました。
 
震災以後、私はコンスタンツに滞在し続けるのか、日本に帰国するのかの間で宙ぶらりんの状態に置かれました。私自身の関心は、震災、特に原発の問題に集中するようになり、これに関連した記事が圧倒的に多くなりました。
 
そのためでしょうか、ブログへのアクセス数も桁違いに増え、結果として、それまで以上に多くの方々にこのブログを読んでいただくことができました。
 
それだけネット上の「世間」の人々が、この問題に興味を持っていたということでしょう。
 
こちらの理屈っぽく長たらしい文章のスタイルはなんら変わっていないのですが、テーマが変わっただけでこれだけアクセス数に違いが出るということに、大変驚いています。
 
今後、何か全く別のかたちでブログを再開する可能性はありますが、今のところ具体的な計画はありません。当座の間は大学での仕事に忙しくなり、ブログからは遠ざかってしまいそうです。
 
ですが、これからもインターネット上に時々は出没するでしょう。その際、また、どこかでお会いできることを楽しみにしております。
 
なお、ブログそのものは当分の間、開いたままにしておきます。
 
 
【付記】
冒頭の写真は、コンスタンツ駅の駅舎の塔。最近、修復工事が終り、全貌を眺められるようになりました。コンスタンツ駅自体は、2本しかホームのない、小さい駅です。
 
 
 
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昨日帰国した。成田行きのフライトはほぼ満席だった。
 
久しぶりに見る東京。それは、意外なほどにいつもどおりの光景だった。
 
たしかに、車の数は少なめで、高速は空いていた。夜は節電で暗く、水や牛乳の買占めが控えられている。メディアでは「節電しよう」のオンパレード。政治の世界では、震災からの復興・復旧のための対策が論じれている。
 
だが、放射能汚染のニュースが毎日のように繰り返されていたドイツの報道に影響されていたのだろう。何か、もっと異様な光景が目に入るものかと、漠然と想像していたのである。ところが、みな平然と町を歩いている、その姿がむしろ不思議に思えるくらいであった。
 
しかし、これにも1日か2日で慣れてしまうのであろう。
 
ところで、私が帰国した日にフランスのサルコジ大統領が東京を訪問し、菅総理と会談し、日本への全面的支援を約束したとか。
 
今、ヨーロッパの飛行機会社が軒並み東京への直行便を迂回させているなか、サルコジ大統領自らが東京を訪問をしたということのパフォーマンス的な意味は大きい
 
周知のようにフランスは、全電力の約8割を原子力でまかなう、世界有数の原子力大国である。そのフランスが、隣国ドイツで現在急速に進行している脱原発への動きに大きな懸念をもっていることは、想像に難くない。(フランスには、ドイツの国境付近にいくつかの原発がある。)さらには、恐らく今後、脱原発への国際世論の動きは加速することが予測される。
 
そのなかでフランスは、原発推進のスタンスをあらためて定義しなおす必要があるだろう。そこで、日本と言う今回の事故の当事国との「連帯」を表明し、「安全な原子力の基準」のもと原発を推進するという、脱原発への動きへの対抗するスタンスを国際的に表明しようとしているのである。
 
今年のG7、G20の議長国はフランスだ。もてる機会をフルに利用して、脱原発への世界の動きに歯止めをかけようという戦略を、サルコジは狙っているように思う。そこで日本との共同歩調は、フランスにとってとて重要な意味をもつだろう。
 
だが、もしそのようなシナリオが進むとすると、日本はフランスと並ぶ「原発推進国」と見なされてしまう可能性も、ないわけではない。
 
日本としては、国際的な支援が喫緊に必要である。だが、それも世界の原発/脱原発政治のなかに置かれているのだということを見ておかなければならないだろう。
 
 
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コンスタンツでの最後の朝を迎えた。
 
今日、夕方の飛行機で東京に発つ。チューリッヒからフランクフルト経由で飛ぶ。
 
フランクフルトからの航空会社は全日空。今、ヨーロッパの飛行機会社で、東京に直接飛んでいるのはスカンジナビア・エアライン(SAS)くらいだろう。しかしSASもいつまで飛び続けるかわからない。
 
だから、おそらく最後までヨーロッパ−東京間の直行便を運行するであろう日本の飛行機会社全日空を、多少の値段の高さには眼をつむって使うことにした。片道で1500ユーロを越える。
 
安いものだとブリティッシュ・エアは半額以下だが、ロンドン、ソウルと2回の乗り換えになってしまう。
 
 ◆◆
 
コンスタンツに2年間滞在した。最初は「まだ2年もある」と考えていたのだが、2年が経ってみると実に時間の流れは速いものである。
 
その間、不思議に思ったものが自然に感じられるようになり、また当たり前だとおもっていたものを奇妙に思うようになる。
 
多少長い期間、国外に住んでいると誰もが経験することである。
 
 ◆◆
 
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見慣れた家の前の光景も、もう見ることはないかもしれない。上の写真は、家の玄関先からボーデン湖に向って眺めたところ。毎日のように眼にしていた光景だ。
 
私のお世話になったコンスタンツ大学もお見せしよう。
 
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この写真は、大学の正面玄関である。大学らしからぬ、一時代前の近未来的建築物だ。この大学の建築の「グロテスクさ」に関しては、このブログでも何度か紹介した。だが、2年間たってみると、それほど違和感も感じなくなってしまった。
 
最後は図書館。コンスタンツ大学の図書館は、全ドイツ語圏の図書館の中でもトップクラスの使いやすさとアクセス可能な資料の多さをほこっている。昨年は「図書館・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。
 
しかしその悦びの直後、図書館内でアスベストが発見され、それ以来長期間の閉鎖が続行している。
 
下の写真は、そのなかで一部開館された“J”という領域のなかの光景。
 
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これまた、なかなか「近未来的」だ。工場のような無骨な構造でつくられた本棚。傾斜した屋根の部分がガラス張りで、そこから陽の光が差してくる。もちろん、本が痛むから赤外線は遮断されている。
 
最後の数ヶ月は、かなりの時間、このJ領域のなかで過ごした。
 
図書館が再開されたら、ぜひまた利用したいものである。
 
 
 
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地震でドイツ滞在を一時延期していた私も、明日日本に帰国しなければならない。4月1日から私の勤務する大学に復帰しなければならないからだ。
 
私の大学では4月の入学式は中止になるものの、学生へのオリエンテーションや授業はほぼ通常通り4月から行われる。
 
首都圏の大学の東日本大震災への対応は、大学によって多少異なる。例えば明治大学は4月25日から始業、立教や早稲田はゴールデンウィーク明けの5月6日からの始業である。
 
いずれにせよ、せいぜいひと月ほど始業を遅らせる程度の対応で、たいして大きな違いはない。
 
だが、日本の大学はなぜこうも「授業を行う」という例年のルーティンにとらわれるのだろうか
 
震災で被害にあった学生もいる。地震の衝撃で校舎の安全性に問題が生じている場合もある。余震もある。
 
しかも福島原発の被害は日々悪化の傾向を見せており、今後首都圏が放射能に汚染されていくかもしれない。
 
このような将来の見通せない時期に、なぜ大学を始めなければならないのか。何が何でも今年度前期の授業を行おうとするのか。2年間もドイツに暮らしていたせいだろうか、私にはそれがよく理解できない。
 
だから、ドイツの知人・友人に日本の大学の対応(4月から授業が始まるということ)を説明するのにも難儀をする。
 
おそらくドイツの大学が同じような状況に直面したら、大学は事態が好転するまで無期限の授業停止という決断をするだろう。希望者は大学に入校はできるが、通常通りの授業は行われなくなるだろう。
 
その大学の停止期間が1年になるか2年になるかはわからない。だが、状況の安全性が確認されるまで大学の正式の授業はなくなるに違いない。
 
被害の規模は比較にならないが、コンスタンツ大学にはそのような対応を予測させるような事実がある。
 
このブログでも紹介したが、コンスタンツ大学の図書館で11月にアスベストが発見された。その直後から図書館は閉鎖され、いまだに再開のめどが立っていない。1年以上は図書館閉鎖が続くということである()。
 
とにかく、図書館の建物全部と、200万冊といわれる蔵書の全てを浄化するのだという。それにはかなりの時間がかかる。
 
図書館の閉鎖というのは学生にとっても、教員にとっても致命的な不便となる。だが、「アスベストによる人体への危険」ということの理由で、この不便が継続されているのである。
 
このようなドイツの大学の対応には「過剰反応」という側面はある。私は、アスベストの危険を警告した上で、入館したいものには入館できるような措置を採った方がよいと思っている。
 
だが、日本の大学の対応は、あまりに先を急ぎすぎている。事態が見通せないままの「見切り発車」といわれても仕方がないのではないだろうか。
 
とりあえず大学は休校。学生はそれぞれの事情に応じて待機ないし避難。今後の予定は事態の見通しが立ち次第連絡する。こういう方針はとれなかったのだろうか。
 
・・・などと、ここいで私が文句を言っても始まらない。大学に雇われの身である私は、4月から大学に復帰し、予定通りの業務をこなさなければならない。
 
正直、憂鬱であり、不安である。
 
 
 
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2011年3月「緑革命」

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昨日の日曜日、ドイツではバーデン=ビュルテンベルク州とラインラント=ファルツ州の二つで州議会選挙が行われた。どちらの州でも緑の党が劇的に躍進した。特に、ここコンスンタンツのあるバーデン=ビュルテンベルク州では、歴史上初めての緑の党の州首相が誕生することが確実となった。
 
ドイツ南西部にあるバーデン=ビュルテンベルクは、戦後連続して保守のキリスト教民主同盟(CDU)が政権を担い続けてきた、いわば保守の牙城である。そこで、1960年代新左翼の系譜を引き継ぐ環境政党、緑の党が首相の座を射止めたということは、州のみならず、ドイツ政治にとっても歴史的な出来事である。
 
この歴史的な2011年3月の「緑革命」にとって、日本の「フクシマ・ショック」が決定的な要因になっている。
 
このブログで何度も言及してきたように、日本の震災以来、ドイツでは原発政策が大きなテーマとなってきた。震災によって福島第一原発の事故が発生した直後から、ドイツでは原発の即時停止を要求するデモが各地で展開された。メルケル首相が昨年末に決まっていた原発稼働期間延長を3ヶ月間停止する「モラトリアム」を提案し、それが連邦議会で決定された。
 
当然、今回の州議会選挙でも原発問題が最も重要なテーマとして浮上した。公共放送局ARDの世論調査によれば、今回の投票を決める上で最も重要なテーマとして、原発政策や環境政策を挙げたものがもっとも多かった。バーデン=ビュルテンベルク州では45%の有権者が原発政策が最も決定的だったと答えている。2番目に多かったのは古典的な選挙テーマである経済政策で34%。原発政策を重要と答えた割合がはるかに高い。ラインラント=ファルツ州では、エネルギー政策が投票を決める最も重要なテーマだったとした割合が38%でトップ。2番目の経済政策が32%、教育政策が26%である。
 
原発政策は確かに重要なテーマであるが、ここまで選挙で決定的な役割を果たすのは今回が初めてだろう。例えば、前回2006年のバーデン=ビュルテンベルク州の選挙のときは、わずか7%が原発問題が最も重要であると答えるにとどまっている。今回の選挙でも、日本での地震が起きる前は、一桁台だった。
 
また、今回の選挙で顕著だったのは、その投票率の高さである。特に原発が多く存在するバーデン=ビュルテンベルク州でその傾向が強く、前回2006年が53.4%に留まった投票率は、今回は13パーセント近く上がって66.2%。原発問題が、多くの有権者を投票所へと動員したのである。しかも、前回投票しなかった者の約4分の3が緑の党へ投票しているという。
 
 ◆◆
 
簡単に、今回の選挙の結果を見ておこう。
 
なお、ドイツでは州でも議員内閣制がとられ、州議会での選挙で首相が選ばれ、州政府の政権を担う。また、ドイツの選挙は、連邦でも州でも、小選挙区と政党別比例代表制が併用されていて、各小選挙区で直接選ばれた議席(「直接議席」と呼ぶ)を前提として、政党の得票率に応じて全議席を割り振る。その仕組みはかなり複雑なので、ここでは説明しない。また、ドイツ独特の仕組みとして「5%の閾」というのがあり、政党の比例代表での得票率が5%に満たない政党は、直接議席で当選しない限り議席を与えられないことになっている。
 
バーデン=ビュルテンベルク州 
 
    政党              得票率(前回の選挙からの増減)   議席数


キリスト教民主同盟(CDU)      39.0%  (-5.2)                                 60
社会民主党(SPD)                  23.1%  (-2.1)                                35
緑の党                                24.2%  (+12.5)                               36
自由民主党(FDP)         5.3%   (-5.4)                7 
左翼党                2.8%   (-0.3)                0
その他                5.6% (-0.3)                                    0
 
総議席数                                                                 138
 
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ラインラント=ファルツ州
 
      政党               得票率(前回の選挙からの増減)   議席数


社会民主党(SPD)                     35.7%  (-9.9)                               42
キリスト教民主同盟(CDU)           35.2%  (+2.4)                                 41
自由民主党(FDP)                     4.3%   (-3.8)                                  0
緑の党                                  15.4%  (+10.8)                                18
左翼党                                   3.0%    (+0.4)                                  0
その他                                    6.5%    (+0.1)                                 0
 
総議席数                                        101
 
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この結果を見ると、他の政党が軒並み得票率を下げるなか、緑の党が桁違いに伸ばしていることがわかる。バーデン=ビュルテンベルクが約2倍。社会民主党を抜いて第二政党に躍進した。ラインラント=ファルツ州では約3倍に伸ばしている。
 
バーデン=ビュルテンベルク州で最大政党がCDUであることには変わりはない。70ある小選挙区のうちでも60でCDUが勝利している。だが、単独過半数は取れず、しかも連立相手たりうるFDPが惨敗した。それに対し、緑の党と社会民主党が連立によってかろうじて過半数を越え、政権がこの二つの政党に移ることが確実となったのである。
 
緑の党と社会民主党は、これまでも他の州や連邦で連立政権を組んできた経験がある。しかしこれまで緑の党は、多数を占める社会民主党の「ジュニア・パートナー」の位置に留まっていた。しかし今回は立場が逆転した。緑の党が僅かながら優位になったため、首相の座は緑の党によって占められることになるのである。
 
ラインラント=ファルツ州では、SPDが大きく得票を下げ、これまでの単独政権が不可能となった。ここでは緑の党が社会民主党の連立のパートナーとして政権に入ることが確実である。
 
このように今回の二つの選挙では、どちらも緑の党が政権に参画することになったわけである。
 
 ◆◆
 
だが、なぜここまで緑の党の圧倒的勝利に終わったのか。
 
一つには、いうまでもなく「フクシマ・ショック」により、有権者の間で原発からのなるべく早期の撤退への希望が高くなったことである。例えばバーデン=ビュルテンベルク州では、なんと71%が2020年までの原発からの撤退を望んでいる。2020年というのは、2002年にシュレーダー政権(社会民主党と緑の党の連立)が決めた脱原発政策である。今の保守/自由民主党政権は、これの脱原発の時期の延期を昨年決めたばかりであった。
 
現メルケル政権は、日本の地震の直後、原発稼働期間延長を一時停止することを決めた。しかし多くの有権者は、この「モラトリアム」政策を信用していない。バーデン=ビュルテンベルク州では、有権者の20%しかこれを信用していない。なんと78%が、「モラトリアム」をCDUとFDPの単なる選挙戦術としか受け取っていないのである。
 
このような政府の原発政策への信用の失墜は、現政権内でメルケルの原発政策の「転換」に対し、曖昧な発言を繰り返す政治家が少なくなかったことに起因している。例えば、FDPの現経済大臣のブリューデレという政治家は、ドイツ産業連盟(BDI)の幹部会で、現政権のモラトリアムは州議会選挙のための選挙対策にすぎず、必ずしも合理的なものではないなどと発言していたことが明らかになった。ドイツ産業連盟は、原発産業を含むドイツ産業界の団体である。また、選挙の2日前、元首相のヘルムート・コール(CDU)が、メルケルの原発政策転換を批判する発言を新聞のインタビューで行った。
 
このような状況のなかで、メルケルのとった「転換」は有権者からの信頼を失うことになった。CDUやFDPは「原発ロビー」と裏で手を結んでいるのだという見方が広まったのである。
 
他方、日本の福島原発がコントロールを失い、汚染のニュースが伝えられるたびに、ドイツ国民の原発に対する不安は増大し、原発撤廃を望む人間も多くなっていった。選挙の直前には、ベルリン、ミュンヘン、ケルンなどの大都市で反原発デモも行われ、25万人が参加したという。
 
そうなると、緑の党への支持は必然的に高まっていく。原発政策にとどまらず、多くの重要なテーマに関して立場の一貫しない社会民主党とは異なり、緑の党はどの問題にも非常に明確な立場を打ち出してきた。そのなかでも、結党以来の重要課題である原発問題に関し、緑の党の反原発の立場は、全く疑いようのものだったのである。
 
こうして、昨日の選挙で緑の党が躍進し、「緑革命」が達成されることになった。
 
 ◆◆
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この選挙結果は、州レベルだけでなく、連邦政府の原発政策にも少なからぬ影響を与えることは間違いない。メルケル政権は、原発からの撤退へ向けての、より真摯な取り組みを迫られるである。
 
だが、今回の選挙が、日本での震災という特殊な環境のもとで行われた選挙であることも疑いを得ない。ほとんど原発問題の単一イシュー選挙になってしまった。
 
だが、政治は決して原発問題だけがテーマではない。「再生可能エネルギーへの転換」というかねてからの緑の党の主張は多くの支持を得た。しかし、それと経済状況との関連はどうなるのか。
 
緑の党の経済政策については、批判も多い。緑の党の標語の一つに「仕事は母なる自然によって創られる(Jobs made by Mutter Natur)」というものがある(上のポスター)。環境にやさしい再生可能エネルギーへの転換が、人々に職場も提供するのだという考え方である。
 
バーデン=ビュルテンベルク州の首相になる緑の党のヴィンフレート・クレッチマンが、環境政策・エネルギー政策と他の政策とのバランスをどのようにとっていくのか。連邦政府で外務大臣になったヨシュカ・フィッシャーがそうであったように、もしかしたら、意外に現実路線をとっていくのかもしれない。今後が見物である。
 
 
【付記】
・なお、私の住むコンスタンツでは小選挙区でも緑の党の候補が当選した。シュトゥットガルトやフライブルクといった大都市、そしてハイデルベルク、チュービンゲン、コンスタンツといった大学町で緑の党が強かった。
 
・ARDの世論調査については以下()を参照した。
 
 
 
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