東日本大震災復興支援ボランティア
7月31日、8月1日の2日間、東日本大震災復興支援ボランティアとして、石巻市の一万基灯篭流しのお手伝いに明るい社会づくりの会の皆さん来ました。
はじめに南三陸町を見に来ました。
被災直後に訪れた時には、津波の瓦礫が散乱し、道路を1日も早く復旧させる様な状況でした。
あれから7年、嵩上げ工事が行われ、復興の道のりはまだ始まったばかりの状況です。
防災センターは震災の象徴として保存が決まりましたが、その3階建てよりも、周囲の嵩上げが高く、この地が以前の様な街並みを取り戻すのはいつの日なのか?
工事現場の一部に献花台が設けられて、私の写真の真ん中が防災センターの骨組みです。
続いて石巻市の大川小学校跡地を訪問しました。
河口から約5kmで津波が到達するとは考えられていなかった避難所、そこに約10mの津波が襲い、児童74名、教師10名の尊い命を奪いました。
山側に逃げろと言う児童も居たが、教師は近くの橋の方に避難する事を選択し、被災しました。
河口から5kmの橋に瓦礫等が溜り、一気に土手を超えて津波が小学校を襲い、津波の引き波により、渡り廊下の橋が倒れ、体育館も土台を残すのみでした。
山側の青い線の所まで津波が押し寄せました。
今回の目的は、石巻市の川開きまつりの1万基灯篭流しの灯篭作成に参加、今年は4千基の灯篭を約120人のボランティアで作成するミッションでした。
私たち明るい社会づくりの会(久喜・加須から20名が参加)は、数100個の灯篭を作成のお手伝いを行いました。
6時半頃から旧北上川に灯篭を流し始め、生憎の強風に川上に灯篭が集まってしまいましたが、一つ一つの灯篭には震災で亡くなった方々の戒名やメッセージが書かれていました。
宮城地方のテレビ局が夕方のニュースの中継にアナウンサーの後ろに映り込んでいたようです。
|