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もうすぐ関係なくなるけど、こんなもの出してどうするの。
受け取る側の問題だろ。
それとどれだけ信頼関係があるかで全然違う。
ホントお役所仕事だね。
ペン投げは「体罰」、
居残り・清掃は正当な指導
文部科学省は13日午後、学校教育法で禁じる「体罰」を初めて具体的に例示した文書を全国の教育委員会や学校に通知した。 大阪市立桜宮高校で体罰を受けた生徒が自殺した問題を受け、教育現場に体罰禁止を徹底する狙いがある。 文書では、体罰の例として、反抗的な生徒をたたいたり、持っていたペンを投げつけ、生徒に当てることなどを挙げた。 正当な指導として、児童・生徒に罰を与えることが認められている「懲戒」の例としては、教室内に立たせることや放課後の居残り、宿題、清掃などを示した。正当防衛などと判断される「正当な行為」としては、教職員が暴力行為をする児童・生徒の体を押さえつけることなどを明示した。 |
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2013年03月13日
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成功だ−!
娘からついさっき電話があった。
退院して家に帰ってきたそうだ。
お風呂は入れないそうだけど・・・・・・・・・。
よかった よかった。
後は1週間後に経過観察のため診察らしいけど、それまで何事もないことを祈ろう。
それにしてもホッとした。
まずは一安心です。
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なぜ参加急ぐの・・・・・・・・。
参加は国を滅ぼすよ。
どうして独自の外交路線をとらないの。
お餅は強い日本を作るんじゃないのか?
このままだとお餅は国を滅ぼすよ。
日本国民の理解は得られてないのに・・・・・・・・・・・・・・・。
首相、15日交渉参加表明
経済的影響も公表方針
安倍晋三首相は15日に記者会見し、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加を正式に表明する意向を固めた。複数の政府関係者が12日夜、明らかにした。政府はTPPに参加した場合の経済的な影響に関する試算もあわせて公表し、党の支持基盤である農業関連団体にも理解を求める。 自民党のTPP対策委員会は13日夜、国内農産品の保護を求める政府への提言をまとめる見通し。これに先立ち、対策委は同日午前、各作業部会の意見を集約する主幹会議を党本部で開き、提言の策定に向けた調整に入った。 首相は、保険部門での日米両政府の事前協議や、TPP参加慎重派を抱える自民党内の議論を見極めながら、表明時期を探ってきた。自民党の対策委員会の議論を経て、交渉参加表明の環境は整ったと判断。首相は17日の自民党大会で政府の方針を説明し、党員の理解を得たい考えだ。 現在の交渉参加11カ国は、今年10月にインドネシアで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の際に大筋合意し、年内の妥結を目指している。日本が交渉に参加するには米議会の承認が必要。米議会の手続きに90日以上かかるため、日本が3月に参加表明しても5月の拡大交渉会合に間に合わず、参加は早くても9月会合からになる。 |
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ホント知らないということは怖いね。
放射能教育をちゃんとやってこなかった結果だね。
また事故になったら、こんな事また起こると思う。
早く原発止めましょう。
なくても電力は大丈夫。
その間に、自然エネルギーを考えていくことが今一番必要だと思うのに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
お餅は何を言ってるんだろう。(お餅って誰のことか分かりますよね)
双葉町職員、線量計持たず警戒区域で捜索活動
警戒区域内で防護服を身につけ、行方不明者を捜索する警察官
東京電力福島第1原発事故後の11年4〜5月、警戒区域で津波の行方不明者の捜索に立ち会った福島県双葉町の職員3人が、不十分な装備のまま線量計も装着していなかったことが分かった。3人に対しては今も累積被ばく線量の推計などは行われていない。専門家は「警戒区域の放射線量が高いのは、その段階で周知の事実。適切な指示を出さなかった行政の責任は大きい。きちんとした(被ばく線量の)追跡調査を行う必要がある。」と指摘している。 ◇11年4〜5月、双葉町職員3人 当時、国の原子力災害対策本部は、警戒区域に立ち入る際の基準を法令に基づき定め、線量計の携行や防護服の装着などを求めていたが、原発事故から1〜2カ月後も行政が混乱していた実態が改めて鮮明になった。 同町職員によると、11年4月22日〜5月19日に30〜50代(当時)の男性職員3人が交代で警戒区域にある同町中野地区などの沿岸部で警察や消防の捜索に立ち会った。隣接町との境界付近で遺体が見つかった際、発見場所がどちらの町かを判断する役割。捜索場所で回収した位牌(いはい)やアルバムなどの流出物を預かり、役場の保管場所へ運ぶ業務も担った。 職員らは捜索立ち会いを命じられた際、役場から線量計の装着や被ばく線量の評価・管理について指示や説明は受けず、防護服も渡されなかった。当時、双葉町の役場機能は埼玉県加須(かぞ)市に避難しており、避難前の役場には線量計の備蓄があったが、地震ですべて破損していたという。 福島県警はこの時期、警戒区域の捜索では防護服などをフル装備した上、1グループに2台以上の線量計を携行させ、外部被ばく線量を県警災害警備本部に報告させていた。事前と捜索中には安全管理サポート班が現場の空間放射線量も測定。県警によると、警戒区域を含む双葉署と南相馬署の管内では11年3〜5月に延べ約2万5700人が捜索に当たり、外部被ばく線量の累積は全員5ミリシーベルト以下(一般人の年間被ばく線量限度は1ミリシーベルト)だったという。
双葉町の大住宗重・秘書広報課長は取材に対し「事実関係を確認したい」と回答。新藤宗幸・千葉大名誉教授(行政学)は行政の責任や追跡調査の必要性を指摘した上で「他の原発立地自治体でも原発事故は起こり得るという前提で、この種の危機管理対策やマニュアルを作っておく必要がある。」と指摘している。 ◇警戒区域での捜索活動◇ 11年4月以降、福島第1原発の半径20キロ圏は警戒区域に指定(後に一部解除)され、立ち入りが制限されている。福島県警によると、区域内での活動については法令に基づき被ばく管理するよう国から通知されている。具体的には線量計を携行した上、防護服や放射性物質防護用マスク、ゴーグル、二重手袋、足カバーなどを装着し、放射性物質を取り込まないようガムテープで隙間(すきま)をふさいでいるという。 双葉町職員12日間「放射能まみれ」
ある職員の足取り
福島県双葉町の職員3人が警戒区域での行方不明者捜索に立ち会った際、不十分な装備のまま線量計も装着せず、被ばく線量の記録もない状態に置かれていた。11年4〜5月に12日間にわたり警戒区域で作業した男性職員(41)が詳細を語った。 男性職員は東日本大震災から約1カ月後の4月19日、上司から「行方不明者の捜索が始まるので、とりあえず行ってくれ。」と言われ、同21日に役場機能が避難していた埼玉県加須市を公用車で出発。遺体安置所だった福島県相馬市の工場跡地にかっぱ姿で立ち寄った際、居合わせた警官に「そんな格好じゃダメだ」と言われ、余っていたLLサイズの防護服を分けてもらい、翌日から警戒区域で捜索に立ち会った。 初日の22日は午前9時ごろ警戒区域内にある浪江町高瀬地区の集合場所に到着。警察や消防の職員、重機を動かす建設業者ら約130人が集結していた。いずれも防護服と長靴、放射性物質防護用マスクとゴーグルに二重手袋などの完全防備。胸元の線量計は、上からガムテープで固定されていた。 一方、男性職員は前日譲られたぶかぶかの防護服のほかはゴーグルもなく、長靴と風邪用のマスクに軍手1枚だけ。線量計も持たされていなかった。県警の指揮隊長からは「えっ、そんなんで来たの?」と驚かれたという。 その日は東京電力福島第1原発から約2.5kmの双葉町中野地区で捜索があり、付近で公用車で待機。震災前は住宅や松林で原発は見えなかったが、津波で遮蔽(しゃへい)物が全て流され、排気筒がくっきり見えた。行方不明者は見つからず、昼にコンビニエンスストアで買ったおにぎりを車内で食べ、午後3時半ごろ警戒区域を出た。 捜索で出てきた位牌(いはい)やアルバムなどの流失物は公用車の中に積んでいたが、5日ほどで満杯になり、双葉町役場の倉庫に移した。着用済みの防護服は捨て場所が見つからず、おにぎりを買った際のポリ袋に入れて車の助手席に置いていた。男性職員は「放射性物質の知識が何もなかった。今思えば放射能まみれですよ。」と肩を落とす。 11年7月になって住民の一時帰宅が始まり、添乗する職員の被ばく線量を総務課が管理することになった。その際、「そういえばあの3人は……」と一時、男性職員らの「線量計不携帯」が取り上げられそうになったが、追跡調査などが行われることはなかった。 男性職員は今年2月6日、県警双葉署を訪れ、男性とほぼ同時期に警戒区域に入って行方不明者の捜索に当たった警察官の外部被ばく線量を尋ねた。11年4月10〜20日に警戒区域に入った警察官の外部被ばく線量は毎時0.05〜0.13マイクロシーベルトの間だったという。一般人の年間被ばく線量限度の1ミリシーベルトを毎時換算すると、0.23マイクロシーベルトのため、極端に高い放射線量ではなかった。 男性は「あの時はとにかく無我夢中で(放射線の管理まで)気が回らなかった。きちんと事後の追跡調査をしてもらいたい。」と話している。 |
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見てみたかったなあ。
これから夕方空を見上げてみます。
夕焼け空にパンスターズ彗星
明石海峡大橋に沈むパンスターズ彗星(左上)
10日に太陽に最接近したパンスターズ彗星(すいせい)が、夕焼けが残る西の空に姿を現し、彗星特有の尾を引く様子が観測された。撮影したのは、大阪市住之江区の大阪府咲洲庁舎の展望台。彗星は当初の予測ほど明るくなかったが、カメラのファインダー越しに、日没後約40分過ぎたころから確認できた。 国立天文台によると、パンスターズ彗星は、2011年6月に米国ハワイ州・マウイ島に設置された「パンスターズ1望遠鏡」による観測で発見されたことから名付けられた。4月上旬ごろまでは双眼鏡でも観測できることがあるという。 |


