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今日、姫路に行った。
妻が服をえらんでいる間に、僕はちょこっと三ツ山大祭へ。
総社門から境内へ。
そして屋台の並ぶ参道を通って、置山のあるところへ。
この置山には圧倒されました。
三ツ山大祭の起源や歴史は以下の通りです。
起源は、藤原純友の乱・平将門の乱を鎮定するため、天慶2年(939年)に斎行された「天神(てんしん)地祇(ちぎ)祭」に由来するとされていますが、はじめは式年(定まった期間)ではなく、天災や特に国中安泰を願う時、不定期に執り行われていました。
三ツ山大祭が式年となったのは、天文2年(1533年)播磨国守護職 赤松政村(晴政)の下知による時からで、20年に一度行うことが定められてから後も、播磨国の平安と発展を祈るお祭りとして、今日まで一度も途絶えることなく継承されています。 三つの山にはそれぞれ二色山/五色山/小袖山と呼ばれ、二色山には播磨国の大小明神、五色山には九所(くしょ)御霊(ごりょう)大神、小袖山には天神地祇(国中の神々)をお迎えします。 お迎えした神々を本殿の神様「射(い)楯(たて)神」・「兵主(ひょうず)神」が、この時特別に神門の屋根の上に設けられる門上殿までお出迎えし、三つの山にお迎えした神々を接遇されて、共に国の平安と発展を祈ります。 実は三ツ山大祭が行われている「播磨国総社 射楯兵主神社」で、僕と妻は結婚式を39年前にとりおこないました。
それから一度もお参りしていませんでした。
実に39年ぶりに境内に足を踏み入れお参りをしてきました。
なんかいいことあるかなあ。
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風情のある建物なんですけどね。
耐震化などの改修工事の必要だしね。
工事期間が長くても、ちゃんと改修して残してほしいね。
道後温泉、進まぬ修復計画
改修の見通しが立たない道後温泉本館 夏目漱石の小説「坊っちゃん」の舞台として知られる松山市の観光名所・道後温泉本館(重要文化財)で修復計画が持ち上がっている。 来年で築120年となり、耐震性を考えると修復は待ったなしの状況だが、工事による観光客離れが懸念され、温泉街からは「死活問題だ」との声が噴出している。 道後温泉街には旅館やホテル33軒が並び、年間100万人余りが訪れる。中核施設である本館は、明治の息吹を伝える建築で、松山のシンボルだ。 2001年の市の調査で、床下のシロアリ被害や浴槽下のコンクリート劣化が次々と見つかった。しかも昭和初期まで増改築を繰り返したことで構造が複雑化し、簡単には修復できないことが判明。全面修復だと8年間は閉館、営業しながらの部分改修でも11年かかるという。 |
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いよいよ開幕ですね。
見てみたいなあ。
宙舞う猿之助さん、観客魅了
ワイヤにつられ宙を舞う猿之助さん 琴平町にある国内最古の芝居小屋・旧金毘羅大芝居(金丸座)で6日、「第29回四国こんぴら歌舞伎大芝居」が開幕した。全国から大勢の歌舞伎ファンが訪れ、市川亀治郎改め四代目市川猿之助を襲名した猿之助さんが、躍動感ある演技を披露しファンらを喜ばせた。
午前11時からの第1部には、猿之助さんが得意とする「義経千本桜 川連法眼館(かわつらほうげんやかた)の場」など二つの演目が上演された。猿之助さんが、佐藤四郎兵衛忠信と源九郎狐が化けた忠信の二役を演じ分けた。 源九郎狐が化けた忠信役では、階段を軽快に飛び跳ねて上ったり、勇壮な立ち回りを披露した。ラストの場面で鼓を手にワイヤにつられ宙に舞い上がると、ファンから一段と大きな拍手が湧き起こった。 猿之助さんは、第2部では襲名披露の口上や「奥州安達原」にも出演。神戸市から友人らと見物に訪れた石田久代さん(65)は「猿之助さんの躍動感ある動きに驚いた。本当におもしろかった。」と喜んでいた。 公演は21日まで開かれる。 |
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昨日から風邪と雨が強い。
日本各地でいろんな被害が出ている。
我が家裏のお稲荷さんの桜も満開だったのに・・・・・・・。
昨日からの風雨で散り始めてる。
朝見ると道に結構花びらが落ちてる。
今朝は雨より風が強い。
その風が吹くたびに、花びらが・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
今年の花見は家から桜が見えるので、それですませてしまった。
裏庭の八重桜の蕾が膨らみ始めた。
桜が散っても、八重が咲いたらまた家から花見が出来そうだ。
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