日々燦々 − はぁ〜、のんびり のんびり -

3月。桜はまだですが、花粉が飛び始めてます。一雨ごとに暖かくなってきました。今年もノンビリボチボチ頑張ります。

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応挙・国芳・若冲

応挙だ! 国芳・若冲・・・・・
 
美術館をあとに、電車で今日のお宿へ。
大阪駅にあるグランビア大阪。
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荷物を置いて、できたばかりのグランフロント大阪へ。
夕食たべた。
高かった。
新梅田の食堂街の方が安かったかな?
場所代がだいぶ入ってるね。
 
朝の目覚めも最高。
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朝食後、地下鉄を乗り継いで、歴史博物館へ。
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円山応挙や歌川国芳、伊藤若冲などの妖怪画を見に・・・・・・。
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こっちはよくすいてる。
音声ガイドを借りてゆっくり回れた。
 
入るとすぐに、円山応挙画の幽霊の掛け軸が・・・・・・・・・・・・・・・。
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チケットやチラシの絵にもなってる歌川国芳「相馬の古内裏」
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伊藤若冲画「付喪神図」は、若冲の精緻さが見られました。
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ホントに堪能しました。
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ここでも図録を買って帰ってきました。
久しぶりに、いい絵を堪能できた。
久しぶりの休日だった。

6月1日は何の日?

5月31日、今日は朝からいい天気。
でも、少し冷え込んだらしく初夏には珍しい靄が出てた。
それも日がさすとすぐに消えた。
今日は暑くなりそうな予感。
やっぱり暑くなった。
昨夜はなかなか眠れなくて、朝も早く目が覚めた。
それで、ゴミ出しや精米を朝からした。
午前中は、昨日の続きで畦の草刈り。
途中市役所地域課職員と立ち会い。
というのも、町内ため池の堤防から水漏れしてる。
原因も不明で、治すにもお金がかかるし市に一度見てもらおうという事になった。
それなりに詳しい職員が来たけど、原因は分からず。
流れ出る水は綺麗なので、堤防決壊に繋がる事は今すぐにはないみたいだけど・・・。
満水になると量が多くなり、水が少なくなると少なくなるので、その状態をチェックすることになった。
それでどこから漏れてるかを探ることになった。
9時半頃から約30分で立ち会い終了。
それから軽く苗の水かけ。
その後また草刈り。
昨夜の睡眠時間が短かったせいか体が重い。
それで、昼前に終了。
それからホームセンターへ買い物に行って、帰ってからは昼食。
夕方までゆっくりした。(途中で寝てしまってた)
夕方には、町内放送設備会社の人と話。
いろいろ気を遣う。
いよいよ明日から6月です。
田植え終わるまで頑張らなくては・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

6月1日は「スーパーマンの日」
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 1938(昭和13)年のこの日、アメリカのDCコミックス社がコミック「ACTION COMICS」を創刊しました。その中で爆発的な人気を得たのがスーパーマン。アメリカン・コミックスを代表するスーパーヒーローの誕生です。以後、バットマンやスパイダーマンなどが続々と登場します。

電波の日
 郵政省(現在の総務省)が1951(昭和26)年に制定。1950(昭和25)年、電波三法(電波法・放送法・電波監理委員会設置法)が施行され、電波が一般に開放されました。
麦茶の日
 日本麦茶工業協同組合(全麦茶)が1986(昭和61)年に制定。6月は麦茶の原料である大麦の収穫始めであり、麦茶の季節の始りでもあるため、6月の始めのきりの良い日を記念日としました。
氷の日
 日本冷凍倉庫協会が制定。江戸時代、加賀藩が将軍家に旧暦の6月1日に氷を献上し「氷室の日」として祝ったことから。
チューインガムの日
 日本チューインガム協会が1994(平成6)年に制定。平安時代、元日と6月1日に、餅等の固いものを食べて健康と長寿を祈る「歯固め」の風習があったことから。「歯」は「齢」に通じることから、齢を固めて長寿を願うという意味がありました。
梅の日
 大阪府摂津市の梅研究会が1987(昭和62)年に制定。梅の実が熟す最初の日と言われていることから。
ねじの日
 東京鋲螺協同組合が提唱し、ねじ商工連盟が1976(昭和51)年に制定。1949(昭和24)年、日本工業規格(JIS)の基本法である「工業化基本法」が公布されました。
真珠の日
 日本真珠振興会が制定。6月の誕生石が真珠であることから。
NHK国際放送記念日
 1935(昭和10)年、NHKが短波による海外向けラジオ放送「ラジオ日本」の本放送を開始しました。
気象記念日
 東京気象台(現在の気象庁)が1884(明治17)年に制定。1884(明治17)年のこの日に、日本で最初の天気予報が出されました。その予報は全国一般風の向きは定まりなし、天気は変り易し、但し雨天勝ちという非常に曖昧なものでした。
バッジの日
 徽章工学協会が1993(平成5)年に制定。「気象記念日」の「気象」を「徽章」にひっかけて。
写真の日
 写真の日制定委員会が1951(昭和26)年に制定。日本写真協会が主催。1841(天保12)年、日本初の写真が撮影されました。写されたのは薩摩藩主の島津斉彬で、撮影したのは長崎の御用商人・上野俊之丞でした。後の研究で、それ以前にも写真撮影が行われていたことがわかっています。
チーズの日
 「写真の日」であることから、写真を撮る時の掛け声「はいチーズ」に引掛けて。また、11月11日もチーズの日です。
人権擁護委員の日
 全国人権擁護委員連合会が1982(昭和57)年に制定。1981(昭和56)年、「人権擁護委員法」が施行されました。毎年この日を中心に、全国の人権擁護委員が人権思想を広めるため、シンポジウムや講演会を開催する等多彩な啓発活動を行っています。
万国郵便連合再加盟記念日
 1948(昭和23)年、日本が戦前に一度脱退した万国郵便連合(UPU)に再加盟しました。最初に加盟したのは1877(明治10)年2月19日でした。
国税庁創立記念日
 1949(昭和24)年、国税庁が開庁しました。
マリリン・モンローの日
 ロサンゼルス市とハリウッド商工会議所が1992(平成4)年に制定。1926(大正15)年のこの日、マリリン・モンローがロサンゼルスで生まれました。
TUBEの日
 アメリカ合衆国・ハワイ州が2000(平成12)年に制定。TUBEがデビュー15周年を迎えるこの日に、オアフ島のアロハスタジアムで日本人初のコンサートを行うことを記念して。
防災用品点検の日
 防災アドバイザーの山村武彦氏が提唱。関東大震災の起きた9月1日のほか、3月1日・6月1日・12月1日の年4回。
衣替え,衣更え,更衣
 気候に合わせて、衣服を夏服に替える日。平安時代から始った習慣で、当時は中国の風習にならって4月1日および10月1日に夏服と冬服を着替えると定め、これを「更衣」と言いました。しかし、天皇の着替えの役目を持つ女官の職名も更衣といい、後に天皇の寝所に奉仕する女官で女御に次ぐ者を指すようになったので、民間では更衣とは言わず「衣替え」と言うようになりました。
 
6月1日の誕生花は“アマリリス”
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南米原産の“アマリリス”
花言葉は“おしゃべり 誇り”

今日の一枚:もう「かもめーる」販売!
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 暑中見舞い用はがき「かもめーる」の販売が30日、全国で一斉に始まり、京都市下京区の京都中央郵便局では、花街・宮川町の舞妓(まいこ)2人が「かもめーる、おたのもうします」と購入を呼びかけた。
 今年のはがきは、スイカと花火のイラストが入った絵柄2種類に、無地とインクジェット紙の計4種類。8月23日まで、近畿2府4県では約3992万枚、全国で約2億3960万枚を販売する。
 
※ もう暑中見舞いですか?
  早いですねえ。

敗戦を糧に!

敗戦を糧に!
次のオーストラリア戦、負けない戦いをしよう!
 
怒りの長友「世界で戦えない」
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ザッケローニ監督(右)の指示を聞く長友
 長友が怒った!
 日本代表は30日、W杯アジア最終予選オーストラリア戦(6月4日)に向けた親善試合でブルガリアと対戦し、MF長谷部誠(29)のオウンゴールなどで0―2と完敗した。ザックジャパン33試合目にして初の連敗で、左膝半月板損傷から復帰となったDF長友佑都(26=インテル・ミラノ)はふがいない内容に危機感をあらわにした。

 全身から、怒りのオーラを発散させていた。日頃から明るく、メディアにも丁寧に対応してきた長友のキャラクターは試合後、一変していた。FIFAランク52位のブルガリアに0―2と完敗。
  「3―4―3とか関係なく、試合を通して僕が感じたことは、これでは世界で  戦えない。収穫は正直、ないですね。」
自らも含め、ふがいない内容を吐き捨てた。
 W杯最終予選オーストラリア戦を仮想した大事な一戦。だが、始まってみれば3戦連続でセットプレーからの失点を喫し得点は0。3月26日のW杯最終予選ヨルダン戦に続きザックジャパンでは初の連敗も喫した。何もかもインテル・ミラノという世界的名門で戦う男にとっては目を覆うばかりの惨状。
  「僕自身は危機感でいっぱい。」
頭の中は真っ白だった。

 左膝半月板損傷で離脱。2月6日のラトビア戦以来の復帰戦は0―1の後半から投入された。だがピッチに入った瞬間、違和感を覚えた。逆転を目指し、高いポジションを取るつもりが、後方で横パスする場面が目立った。DFの今野には何度も「もっとボールを運んで!」と訴えた。自身はブランクを感じさせない運動量を見せ、25分には闘志あふれる守備でイエローカードをもらう場面もあった。ロスタイムには相手のペナルティーエリアに進入し、ゴールを割ったかに見えたプレーはオフサイド。チームはパスミス、連係ミスも目立ち、本来の姿とは程遠い内容にいら立ちは明らかだった。
 本田、香川、そして長友。日本が世界に誇るビッグ3は日頃から「W杯で優勝する」と公言してきた。決戦前日には、ピッチ上でザッケローニ監督と話し合う姿も見られた。
  「将来的なビジョン、W杯で勝つため、世界で戦うにはどうすべきか話し合   った。」
本田不在のピッチでは精神的支柱も担う覚悟だった。今までなら本田が怒る役を務めてきたが、不在の今回は代わって苦言を呈した。
 3月は左膝負傷でボールを蹴ることすらできなかった。ヨルダン戦はイタリアでインターネットを使ってリアルタイムで映像を見た。
  「勝ちたい気持ちで負けていた。リスクマネジメントの部分で甘くみていた。  1対1で押されたことが勝敗を分けた。」
と分析。だがそれは何ひとつ変わっていなかった。自身がピッチに立っても、変えることはできなかった。
 次戦は6月4日、W杯切符をかけたオーストラリア戦。最後に長友は、
  「悔しくて、今は冷静に(ブルガリア戦を)振り返ることができない。次は勝つ  だけです。」
と。怒りをグッとのみ込み、吐きだした。絶対に同じ轍(てつ)は踏めない。
 
ホーム完敗に麻也、反省の自虐コメント「ブーイングをくれ」
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前半、吉田はオーバーヘッドでゴールを狙った
 
 ザック流3―4―3は、またもや消化不良に終わった。アルベルト・ザッケローニ監督(60)が前半から試したオプションは機能せず、後半からは従来の4バックにチェンジ。通算5度目のテストでも向上が見られず、次戦のオーストラリア戦で使うことは難しくなった。ふがいない試合内容に、DF吉田麻也(24)=サウサンプトン=はサポーターに異例のブーイング要請を出した。

 うれしいはずの拍手に、吉田は違和感を覚えた。昨年2月29日のW杯アジア3次予選・ウズベキスタン戦(0●1)に続く豊田スタジアムでの連敗。
  「ホームでの完封負けは、率直に言ってあり得ない。愛知、東海のファンに  申し訳ない。」
名古屋は中学から約9年間を過ごした第二の故郷。度重なる黒星を失態ととらえた。

  「アイドル歌手のライブじゃないんだから、さすがにブーイングがあってもい  い。ホームで0―2の負けは、普通なら(ブーイングは)起こりうる。それが   文化でしょう。」

 自虐的なコメントは反省の裏返しだ。開始3分、自身のファウルで与えた直接FKから先制点を献上した。
  「無駄なファウルが続いている。課題のセットプレーでやられたのもふに落  ちない。改善しないといけないのは明確だ。」
 オーストラリア戦の切り札として試した3―4―3システムも不発。「3バックは攻守にちぐはぐさがあった。」と振り返り、反省すべき試合で温かい雰囲気に包まれ、戸惑いを隠せなかった。

 オーストラリア戦まで中4日。修正のための時間は少ないが、切り替えて対応するしかない。プレミアリーグで1年間鍛えた空中戦の強さは、試合の明暗を分ける要素にもなる。
  「集中してやっていく。一番優先することはW杯出場を決めること。」
次戦で決めるには引き分け以上が必要。内容を問われる前哨戦が終わった。大一番は、結果が問われる。

次は本番だ!

次の本番に向けて、修正できるか?
敗戦を糧にせよ!
 
ザックがサイドラインで激怒した理由
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ベンチから大声を出すザッケローニ監督
 
指揮官激昂に内田篤人「あまり見たことがない」
 右サイドバックの酒井宏樹(ハノーファー)が、センターバックの栗原勇蔵(横浜F・マリノス)へボールを下げた直後だった。ベンチ前のテクニカルエリアで戦況を見つめていた日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督が、突如として激昂する。
 大きく両手を振り上げ、きびすを返した表情は執拗に何かを怒鳴り散らしている。ブルガリア代表に2点のリードを許して迎えた後半38分。酒井と交代し、ベンチに座っていたDF内田篤人(シャルケ)が「あまり見たことのないような感じで怒っていましたね。」と驚いたシーンに、ザッケローニ監督の苛立ちが凝縮されていた。
 温厚でもの静かなイタリア人指揮官がなぜ豹変したのか。内田はその理由を察していた。
  「バックパスが多かったからじゃないですかね。不利な状況でも落ち着いて  プレーすることは必要だけど、ただパスを回せばいいわけではない。バック  パスが多くなって、前へボールを運べなくなって、ミスが出たらカウンター。  アウェーということもあって、相手もそれを狙ってくる。悪循環というヤツで   すね。」

 2点のビハインドを背負って以降も、ボールを大事にするあまり、バックパスを選択するシーンが目立った。開始早々の前半4分に、FKからの激しいぶれ球で川島のパンチングをふり払い先制点を奪ったブルガリアは、そこからはチーム全体が引いてカウンターを狙う戦法を取ってきた。
 日本には攻め込むためのスペースがないしスペースを作り出すような動きもない。無理にパスを通そうとすれば、カウンターの脅威にさらされる。リスクだけが一人歩きし始めると、一度ボールを下げて組み立て直す選択肢しか残っていなかった。バックパスが増えた理由がここにある。

  「技術は日本のほうがあるかもしれないけど、前に行く力はブルガリアの方  が強かった。」
内田は素直に完敗を認めながらこう続けた。

  「オーストラリア戦とは関係ないっしょ、と言いたいところだけど、誰もが大   事と分かっていること時期に勝てないのは精神的な弱さを感じる。強いチー  ムは、ここという時は絶対に負けない。」

 1年半ぶりに封印が解かれた3‐4‐3で臨んだ前半は、わずか3本のシュートしか放つことができなかった。ザッケローニ監督が求める3‐4‐3は、3バックで組む最終ラインが横ずれを繰り返すことが生命線になる。DF今野泰幸(ガンバ大阪)から、こんな話を聞いたことがある。

  「極端な話、逆サイドの守備は捨てるくらいの気持ちでやらないといけな    い。」
 
最後のテストで不甲斐ない内容
 3バックが左にずれれば、前半は駒野友一(ジュビロ磐田)が務めた左MFを、右にずれれば内田を必然的に前へと押し上げる。左で駒野とFW香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)、右で内田とFW乾貴士(フランクフルト)が絡んで数的優位な状況を作り上げる。これが青写真だ。
 最大の決定機となった前半31分のシーン。香川、駒野、左に流れてきた乾のパスワークで完全に相手守備陣を翻弄し、最後は香川が強烈なシュートを放った。相手GKのファインセーブの前にCKへ逃れられてしまったが、過去4度の実戦では見られなかったコンビネーションだった。
 しかし、不慣れゆえに単発で終わる。内田が「決まりごとを意識しすぎているのかな。ちょっと窮屈。監督から言われたことを忠実に守るのが日本人のいいところなんだけど。」と振り返ったように、頭で考えることが先行するあまりに、実際のプレーがワンテンポ、ツーテンポ遅れる。必然的にシュートは、もちろん、チャンスそのものも少なくなる。
 駒野や内田が最終ラインに吸収され、5バック状態になるこれまでの悪癖も幾度となく見られた。DF吉田麻也(サウサンプトン)が「守備面でも攻撃面でもチグハグ感はあったけど、1回や2回でスッとできるものではない。」と振り返ったように、それだけ3‐4‐3習得へのハードルは高い。

 ブルガリア戦はザッケローニ監督が強く望み、国際Aマッチデーではない日にあえて組んだ背景がある。すべては引き分け以上でW杯ブラジル大会出場が決まる、6月4日のオーストラリア代表との大一番(埼玉スタジアム)をにらんだものだ。
 いわば最後のテストとなる舞台で、前への推進力とシュートへの意識というサッカーにおける「イロハのイ」を実践することができなかった。0−2の結果だけでなく、不甲斐ない内容が、余計に指揮官を苛立たせ、珍しい激昂シーンにつながったのだろう。

 試合終了から約30分後。監督会見に臨んだザッケローニ監督は、平静さを取り戻していた。冷静にオーストラリア戦に向けての課題を言葉にした。
  「ゴールへ向かうパスの供給率が少なかったように思う。日本にはこれまで  の戦い方というものが合っていると思う。やはり体でぶつかりあっても不利  なので、コンビネーションを出していく、オフ・ザ・ボールの動きを出す、そし  て相手をより多く飛ばすようなタテのパスを供給すべきではないか。」

 所属チームが国内カップ戦の決勝に進んだ関係で、大黒柱の本田圭佑(CSKAモスクワ)とチーム最多得点をあげているFW岡崎慎司(シュツットガルト)の合流はオーストラリア戦前日の3日になる。しかも、右太ももを痛め、5月12日のリーグ戦を最後に実戦から遠ざかっている本田のコンディションは、帰国してからでないと確認できない。
 
本田不在も想定していた布陣
 選手たちの誰もが「なぜこの時期に」と驚いた3‐4‐3の実戦導入は、本田がオーストラリア戦に間に合わなかった場合に備えたリスクマネジメントでもある。トップ下を置かない「3‐4‐3」がブルガリア戦で上手く機能すれば問題はなかったが、不慣れゆえにぎこちなさが目立った。

 後半開始からは4‐2‐3‐1に戻し、故障明けのDF長友祐都(インテル)らを投入しやが、攻撃のリズムは戻らない。加えて、失点は2つとも課題とされてきたセットプレーに起因するものだった。4試合続けてセットプレーから失点している状況に、今野は「ありえないこと。ちょっと異常。」と表情を曇らせた。

 3月のヨルダン代表とのW杯アジア最終予選で喫した黒星で歯車が狂い出し、システムうんぬんの前に、チームの大前提を忘れたかのような戦いに終始したブルガリア戦でますます泥沼にはまりこんでしまった。 
 選手たちを驚かせた激昂シーンは、チームに喝を入れるためだったのかもしれない。

 ザッケローニ監督は、今後を見すえている。
  「時に負けはよいものだという意見もあるが、私はまったくそう考えてはいな  いし、負けること自体が好きではない。ただ、私は監督なので、今日よかっ  たところ、悪かったところを冷静に分析して仕事を進めていくだけだ。オー   ストラリアはブルガリアと違った特徴を持っているので、どう戦うかというとこ  ろをここ数日間で準備してきたい。」

 決戦まであと4日。内田は、ホームで喫した黒星が糧になる、と力を込めた。

  「0対1とか0対2で負けている状況は、オーストラリア戦でもあるかもしれな  い。だからこそ、今日のようなサッカーをしないようにしないと。後ろに、後   ろにではなく、前へ、前へ行かないと。でも、オレが分かっているからみんな  も分かっている。頭では理解していると思うので。」

 日本代表は一夜明けた31日に愛知県内でクールダウンを兼ねた練習を消化した後に埼玉県内へ向かい、6月1日から原点に回帰して最終調整に入る。

次への反省

長谷部のオウンゴールは、彼自身の責任ではない。
勿論川島のミスも(確かにパンチングミスだったが)。
問題は、セットプレーに対する守備の意識。
それにFK・CKになったそれ以前のプレーに問題がある。
完全に昨日は後手に回ってた。
それと、点が取れない最後の場面。
点を自分が取るんだという気迫も伝わってこなかった。
前半をオプションの3−4−3で入ったがために、バタバタしてうまく縦への相手を崩すプレーがよくなかったように思う。
やはりやり慣れた4−3−2−1で試合に臨むべきではなかったのか?
そうしてトップ下に最初から憲剛を使うべきだったかもしれない。
なんか前半落ち着かなかった。
これを糧に次ぎ本番のオーストラリア戦、頑張ってほしい。
とにかく石にかじりついても勝ち点1を取って、出場を決めてほしいね。
 
長谷部はOG反省
「セットプレーやりなおす」
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後半、オウンゴールで失点し呆然とする長谷部(左)
 
 キリンチャレンジ杯FIFAランク30位の日本は同52位のブルガリアに0−2で敗れた。(いつも思うけど、ランキングなんて関係がないのにー)

 ザッケローニ監督は終始厳しい表情で、
  「この試合は豪州戦とイラク戦のテストの場だった。残念なのはスタジアム  のサポーターの期待に応えられなかったこと。親善試合とはいえ、リズムが  合わなかった。」
と語った。
 主将の長谷部は、
  「6月4日(W杯アジア最終予選の豪州戦)に向けて勝って勢いをつけたか  った。自分もオウンゴールしてしまったし、セットプレーをやりなおさない    と。」
と2点を献上した守備の課題を挙げた。

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