日々燦々 − はぁ〜、のんびり のんびり -

3月。桜はまだですが、花粉が飛び始めてます。一雨ごとに暖かくなってきました。今年もノンビリボチボチ頑張ります。

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バイエルンがドイツカップを制して有終の美!
やっぱり強かったんだ。
しばらくバイエルンの時代が続くかな?
 
バイエルンが独杯制して初の3冠達成 
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 ドイツ・カップ決勝が1日に行われ、バイエルンと日本代表FW岡崎慎司、DF酒井高徳の所属するシュトゥットガルトが対戦。岡崎と酒井はベンチスタートだった。

 序盤は、シュトゥットガルトが好機をつかみ、9分に右サイドからのクロスをゴール前でアレグザンドゥル・マグジムがボレーシュート。22分にも左サイドのFKからヴェダド・イビシェヴィッチが決定的なヘディングシュートを放った。しかし、マグジムのシュートはゴール脇に外れ、イビシェヴィッチのヘディングは、GKマヌエル・ノイアーが好セーブで弾き出す。シュトゥットガルトはこぼれ球を詰めたが、再びノイアーに阻まれ、先制点を奪えなかった。
 一方、バイエルンも31分にアルイェン・ロッベンがペナルティエリア内で倒されるが、ホイッスルは鳴らず。しかし、直後の35分にドリブルでペナルティエリア内に侵入したフィリップ・ラームがイブラヒマ・トゥラオレに倒されてPKを獲得。先制の絶好機ではトーマス・ミュラーが落ち着いて蹴り込み、バイエルンが均衡を破った。
 リードを奪ったバイエルンは、前半ロスタイムにもロッベンのパスからマリオ・ゴメスが決定機を得た。しかし、シュートが相手のブロックに防がれ、追加点とはならなかった。

 1点差で後半を迎えると、再びバイエルンがゴールネットを揺らした。後半開始直後の48分に、右サイドを抜け出したロッベンがラームに繋ぐと、ラームはグラウンダーのクロスを供給。最後は、ゴール前のマリオ・ゴメスが難なく押し込み、チーム2点目を挙げた。リードを広げると、61分にも右サイドを突破したミュラーのクロスをゴメスがダイレクトシュートで流し込み、3点目を奪った。
 対するシュトゥットガルトは62分に岡崎、67分には酒井を投入し、反撃を狙う。すると、72分には左サイドの酒井からのクロスをマルティン・ハルニクがヘディングで合わせて得点。1点を返すと、81分にはCKの流れから岡崎がポスト直撃のミドルシュート。こぼれたところをハルニクが蹴り込み、2点目を挙げた。
 一気に1点差となったが、試合は3−2のままタイムアップ。競り勝ったバイエルンは、2009−2010シーズン以来となる3年ぶり16度目の優勝を果たすとともに、チャンピオンズリーグとブンデスリーガとあわせて、ドイツのクラブでは初となる3冠を達成した。

伝統の灯を守る

ホントに伝統を守って、続いてほしいですね。
 
鵜飼い伝統の灯守れ
後継者不足で観光営業休止も
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全国鵜飼いマップ
 
■愛知・木曽川 24歳女性デビュー 決意固く 
 室町時代から続く和歌山県有田市の「有田川の鵜(う)飼い」が今夏、観光営業を休止する。高齢化が進む鵜匠4人のうち2人が体調不良となったことが理由だという。6月から始まる夏の風物詩として長年親しまれてきたが、後継者不足が深刻化。来年以降の再開も未定だといい、地元で約700年続くとされる鵜飼い文化が危機に瀕している。
 
◆観光客も鵜匠も激減
 有田川の鵜飼いは、鵜とともに腰まで川に入りアユを追う独特の「徒歩(かち)漁法」で知られ、県の無形民俗文化財にも指定されている。 
 観光営業は昭和20年代にスタートし最盛期の40〜50年ごろには年間観光客数は約7千人に上ったが、バブル崩壊後から客足が遠のいていた。昨年は約千人にまで減少。平成23年の紀伊半島豪雨や浜松市の天竜川で起きた船の転覆事故なども影響したという。
  鵜匠はほとんどが世襲で、明治初めには約90人いたが、現在の登録はわずか4人。うち3人は60歳以上で、最高齢は78歳。今年は2人が体調不良となったことで、休止を決めた。吉田繁彦さん(69)は「鵜匠の仕事は重労働で負担も大きく、収入も少ない。子供に『継いで』といえないのが現状」と話す。
 
◆二足のわらじ
 鵜匠の仕事は春先にウミウを捕獲することから始まる。吉田さんによると、鵜匠自ら捕獲するのは全国でも有田川だけで、捕獲したウミウは鵜匠が自宅で世話をし、1カ月半程かけて人に慣らす。 
 シーズンが始まると鵜匠たちは午後5時ごろから準備に取りかかる。鵜飼いの仕事だけでは生計を立てられず、鵜匠は皆、会社員や農業などとの兼業で、鵜のエサ代や飼育許可の申請費、川への入船料など、経費負担も重くのしかかる。 
 最年少の鵜匠、岩上芳仁さん(49)は「県の無形民俗文化財じゃなかったら昨年でやめていた。」とこぼす。小学生を対象にした鵜飼いの体験学習や新しい観光ルートの開発など、継承のために手をつくしてきたが、成果は出ていない。 
 「観光営業は休止しても、伝統の鵜飼いは細々とでも守っていきたい。」と吉田さんは話す。
 
◆消えた地域も… 
 岐阜市の長良川の鵜飼いの場合は、6人の鵜匠は宮内庁式部職に所属、その技は親から子へ代々受け継がれている。宮内庁に献上するための「御料鵜飼」も年8回行われ、他府県と違い鵜匠のほとんどが専業。後継者不足や客足の低迷などに悩む各地の鵜飼いに比べ“別格”とされる。
 
 大正15年に観光鵜飼いが始まった京都府宇治市の宇治川の鵜飼いには年間約6500人の観光客が訪れているが、女性鵜匠の澤木万理子さんは「後継者探しはうちにとっても課題」と話す。
 
 島根県益田市の高津川の鵜飼いは、最後の鵜匠が亡くなった平成13年、後継者が見つからずに消滅した。手綱を使わず、鵜を放してアユをとる全国唯一の漁法「放し鵜飼い」はもう見られないという。
 
 そうしたなか、1日開幕した愛知県犬山市の「木曽川うかい」では、同県小牧市出身の稲山琴美さん(24)が東海地方初の女性鵜匠としてデビューした。公募で選ばれた稲山さんは昨年5月に犬山市が「鵜匠見習い」に任命。約1年間かけ、修業してきたという。 
 「動物が好きという気持ちだけで始めたが、伝統を残していきたいと思うようになった。」という稲山さん。昭和54年をピークに客足は低迷しているというが、観光協会の担当者は「稲山さんの存在が起爆剤となり、鵜飼いの魅力を多くの人に知ってほしい。」と話していた。
 
女性鵜匠デビュー 客足戻せるか
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観覧船の招待客の前で鵜を操る女性鵜匠の稲山琴美さん

 1300年の歴史を誇る愛知・岐阜県境の「木曽川うかい」が1日開幕し、東海地方では初めての女性鵜匠(うしょう)となった稲山琴美(いなやまことみ)さん(24)が妙技を披露し、盛んな拍手を浴びた。
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 かがり火をともした3そうの鵜舟が観光船に沿って進み、稲山さんは風折烏帽子(かざおれえぼし)に腰蓑(こしみの)の伝統的な装束で8羽の鵜を操り、「ほーお」「ほーお」と独特のかけ声をかけながら、巧みな手綱さばきを披露した。稲山さんは「川で操るのは初めてでしたが、楽しくやれました。自己採点は70点。私らしい技を磨き、お客様に喜んでいただきたい。」と笑顔を見せた。

 客足が低迷していた木曽川うかいにとって、女性鵜匠の誕生は盛り返しの起爆剤として期待が高まる。だが、岐阜市の「長良川鵜飼(うかい)」とともに、人気回復の妙案は他には見当たらず、関係者の苦悩は続く。 
  「女性鵜匠の出番は何曜日?」
 相次ぐ問い合わせに、愛知県犬山市観光協会の担当者は顔をほころばせる。目当ては、稲山琴美さんだ。デビューが迫った5月以降は、注目度の高さを示すように、新聞やテレビ、雑誌の取材がほぼ連日続いた。
 
 木曽川うかいの客は1979年の4万7000人を頂点に減り、昨年は2万706人だった。協会は女性鵜匠を集客に結びつけようと、名鉄と協力し、鉄道の切符と鵜飼いの観覧を合わせた企画を8年ぶりに再開した。 
 しかし、観覧の予約は前年並みにとどまっているという。協会は「天候に左右されない当日客が最近は主流」と話すが、女性鵜匠の効果は未知数だ。
 
 一方、長良川鵜飼は5月23日、1965年の統計開始からの観覧船の乗船客数が1000万人を突破した。だが、客は73年の33万7000人を最高に、昨年は10万5475人まで落ち込んだ。 
 鵜飼い離れは、特に岐阜市内の温泉旅館の宿泊客の間で深刻だ。07年度の市の外部監査報告書によると、岐阜市内に宿泊しながら、89年度は客の68%が鵜飼船に乗船したが、05年度には32%にまで低下した。観光資源としての鵜飼いの魅力が真正面から今問われている。
 
存続の危機の中
「どこにも負けない」とスタート
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かがり火を掲げ、錦帯橋を借景に鵜を操る鵜匠

 山口県岩国市で1日夜、江戸時代以来の「鵜飼(うかい)」が始まった。運営する第三セクター「錦帯橋鵜飼」(渡一弘社長)が経営に行き詰まり、2月の株主総会で鵜飼を今年限りとし、来春までの事業譲渡・清算を決めている。事業の引き継ぎ先は未定のままで、存続の危機の中でのシーズンインとなった。
 
  「錦川の清流を照らす、かがり火の美しさ。江戸時代から変わらない錦帯   橋を借景にしたゆかしさ。どこの鵜飼にも負けません。」
 兼業の鵜匠(うしょう)が多い中、村中秀明さん(79)は鵜の面倒も引き受けるこの道一筋のベテラン。今年限りで終わらせない決意で、「遊覧船に乗って見てくれれば必ず、満足してもらえる。お客さんさえ来てくれれば守ることができる。」と訴える。 
 岩国市によると、観光事業としての鵜飼は昨年まで福岡県朝倉市や岐阜市など全国12カ所で開かれた。岩国市では、江戸時代初期の記録を手掛かりに1952年に再興された。2007年設立の「錦帯橋鵜飼」に市も300万円を出資し、全国12カ所のうち、三セクが鵜飼と遊覧船を一手に引き受ける唯一のケースとなった。 
 しかし、遊覧船客は08年5883人、09年5048人、10年4746人、11年5200人、12年4892人と、同社設立以来、一度も採算ラインの7000人に届いていない。 
 昨年度の売り上げは約2100万円。一方、経費は6人の鵜匠や船頭らスタッフ約40人の人件費、26羽の鵜の餌代、遊覧船の点検などに約3050万円かかり、約1000万円の赤字に。資本金を取り崩し、借入金での経営が続いている。
 
 苦境に陥っているのは岩国市だけではない。和歌山県有田市では、今シーズンの遊覧船休業が決まった。岐阜市直営で年10万人の遊覧船客を集める「長良川の鵜飼」でも3億円弱の売り上げに対し、経費は約5億円と赤字運営を余儀なくされている。 
 客足の低迷に、鵜飼開催地も盛り返しの工夫を凝らす。1日開幕した愛知・岐阜県境の「木曽川うかい」では、東海地方では初めての女性鵜匠となった稲山琴美(いなやまことみ)さん(24)が妙技を披露し、盛んな拍手を浴びた。
 
 原鶴温泉(福岡県朝倉市)で鵜飼見物の乗合船の船頭を務める林定本さん(69)は、船上で焼いたアユをサービスするなど工夫を凝らす。三隈川の鵜飼で知られる大分県日田市でも屋形船の乗船客が近年1万人前後で右肩下がりが続く。日田温泉旅館組合の諫山吉晴・組合長は「団体に限らず、相乗りの個人客も受け入れ、少しでも楽しんでもらえるようアピールしている」と話す。
 
 伝統文化の継承と観光への波及効果を狙って、自治体が運営主体の観光協会や組合などに補助金や負担金を払って支援するケースが多い。錦帯橋鵜飼には岩国市が昨年度、鵜の飼育経費として260万円を補助。今年度は580万円に積み増した。同社は人件費を2割カットするなど経費削減で採算ラインを引き下げ、遊覧船客6000人の確保で黒字化を目指している。渡社長は「文化を継承するために大なたを振るった。経営基盤を強化したうえで、事業を譲渡したい」と話す。 
 譲渡先について、福田良彦市長は5月28日の記者会見で「存続を願っている。積極的にできることはさせてもらう」と述べた。運営主体のあり方などを関係者と協議中といい、存続への模索が続く。
今度京都に行く事があったら、飲むか食べにいってみたいですね。
企画が面白い。
パワーもらえるカナもね。
 
「本能寺」で信長と一献!?
コラボバー誕生 命日にオープン
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本能寺の変戦没者の慰霊碑を眺めながら、一杯楽しめるバー
 
 天下統一を目指した戦国武将、織田信長の命日にあたる6月2日、現場となった旧本能寺跡地(京都市中京区池須町)に、信長をテーマにした飲食店などが入る「信長(しんちょう)茶寮」がオープンする。コンセプトは「信長と酒を酌み交わす」。異色のコラボは歴史ファンの心をつかめるか。
 
◆人気漫画家が主導 
 天正10(1582)年、信長の家臣だった明智光秀が起こした「本能寺の変」によって焼け落ちた当時の本能寺は、約10年後に豊臣秀吉により約1km離れた現在の場所に移転した。旧本能寺跡地には小さな慰霊碑が残されるのみとなっていた。 
 その歴史的な事変の現場に注目したのは、信長の青春時代を描く漫画の取材のため、3年前にこの場所を訪れたという人気漫画「北斗の拳」などで知られる漫画家の原哲夫さんだった。
  自身が役員を務め、漫画家の著作権管理を行う「ノース・スターズ・ピクチャーズ」(東京都)に話をもちかけ、約3億円をかけて、京都の呉服メーカー「小田章」が所有していた土地を購入し飲食店などが入居する地下1階地上4階建て延べ約400平方メートルのビルを建設した。
 
◆焦土や慰霊碑も
 地下には、安土桃山時代の地層まで掘り下げて採取した焦土や本能寺戦没者慰霊碑とともに、酒が飲めるバー「ZIPANGU」(ジパング)を設置。
 地上階には信長が好んだとされる「湯漬け」など、信長をテーマとした料理を提供する飲食店のほか、金箔(きんぱく)や銀箔で彩られた予約制の貴賓室も設けた。運営はすでに飲食店の実績があった「小田章」に委託する。
 現在の大本山本能寺も、信長茶寮の看板のために菅原日桑貫首が自ら筆を執るなど協力したという。 
 ノース社社員で、信長茶寮のプロデュースを担当した飛田野和彦さんは「信長と酒を酌み交わす場所を最期の地である旧本能寺跡地に作りたかった。」。オープン当日には門川大作京都市長も来場する予定だ。

大山夏山開き前夜祭

今日山開き!
また登りたいですね。
でも妻は多分「もういい」というだろうな。
 
大山夏山開き前夜祭に1500人
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約1500人がたいまつを手に練り歩いた山開き前夜祭

 中国地方の最高峰、鳥取県の大山(1729m)で1日夜、夏山シーズンの到来を告げる夏山開きの前夜祭があった。たいまつを手にした約1500人が参道を練り歩き、辺りは幻想的な光に包まれた。 
 中腹の大神山(おおがみやま)神社奥宮で神事があり、山岳関係者らが登山の安全を祈願。午後7時半ごろから、ご神火がたいまつに移されると、てんぐや僧兵にふんした地元住民や登山客が、順に約1.5kmの参道を下った。 
 山開きの2日は、午前10時から大山山系の弥山(みせん)で山頂祭が開かれ、早朝から登山客が山頂を目指す。

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