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7月3日、朝から曇り空、雨もパラパラ。
昨夜は区長会終わって帰ってきてから夕食。 風呂入ってバタンQ−。 おかげで、朝の起床は3時半頃。 それから今夜の役員会の資料作り。 昨夜の区長会の話も盛り込んで1時間半で作成完了。 終わる頃には夜も明けだした。 5時頃には雨も降り出した。 今日は作業を中止して、妻の手伝い。 手伝いって? 事務作業の手伝いです。 手伝いの内容は内緒です。 10時頃に手伝い終わった。 それから買い物。 雨はあまり降ってない。 1時間ほどして帰ってきた。 それから、新生姜の皮むき(掃除)。 1時間半ほどかかった。 最後の方になって、薬指包丁で切った。 遅い昼食食べて、午後はゆっくり。 4時頃になって雨も本格的に降り出した。 降り出したら凄い。
大雨だ。
今夜は毎月始めの町の役員会。 雨やんでほしいな。
明日も雨かなあ?
少し早いですが、夜の会合があるのでこんな時間ですがUpさせて頂きます。 7月4日は「梨の日」 「な(7)し(4)」の語呂合わせから、記念日とされている日です。梨は数少ない国産の果物で、詳しいルーツはわかっていませんが、「日本書紀」には梨の栽培技術が書かれています。豊水や幸水などみずみずしい品種に人気があります。
和服・洋服直しの日
「な(7)おし(4)」の語呂合せ。和洋服お直し専門店も営むハリウッド・ジュエル・アカデミーの高橋鎮雄氏が制定。 那須の日 「な(7)す(4)」の語呂合せ。 独立記念日(Independence Day) 1776年、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリン、ジョン・アダムスらによって作成された独立宣言書によって英国からの自由と独立を宣言し、アメリカ合衆国が誕生しました。また、1584年にイギリスの探検家ウォルター・ローリーが、北米開拓の為にヴァージニア州に上陸したのもこの日でした。 7月4日の誕生花は“クチナシ” 初恋の花“クチナシ”
花言葉は“私は幸せすぎる” 今日の一枚:武器完成 ガガンダムの武器が完成した。
後は頭部のみ。 明日雨なら作って、完成させてしまおうかな? |
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ホントに馬鹿だね。
こんな馬鹿なこと考えるやつが文科省に居るなんて・・・・。
日本の教育がダメになるはずだ。
一番しんどい目に遭ってるのは普通にまじめにやってる教員だよ。
部活動手当を倍増なんて、部活動しかやってない教諭も居るのに・・・・。
その人が仕事しない分周りがやってる。
そんな仕事しない使徒の給料上げるより、周りの人の給料あげなよ。
教育困難校で頑張ってるのは校長じゃない。
一般教員だ。
そんなこともわからない文科省なんだ。
ホント教育がよくなるわけがない。
断固反対します。
僕はもう止めたけど、後輩のために・・・・・・・・。
教員手当増額を検討
「主任」「休職」減額で充当
授業が成立しにくい教育困難校の校長や部活動顧問ら負担が大きい教員に対し、文部科学省は手当増額の検討を始めた。公立小中学校を対象に、部活動手当は倍増させ、現在最高で給料の17.5%ついている管理職手当を20%までアップ。一方、主任教諭や休職教員の手当は減額する方針だ。教育予算の大幅増が難しい中、手当にメリハリを付けて意欲ある教員を支えるのが狙い。国庫補助基準額の見直しを来年度予算の概算要求に盛り込む。 関係者によると、土曜、日曜など休日を部活動の指導に充てて、尽力する教員には、現在1日2400円(4時間)の部活動手当を同4800円に倍増させる。管理職手当の増額対象は、教育困難校のほか、地域のリーダー的役割を果たす学校長で、副校長や教頭も同様に加算する。 増額する手当の原資の一部は他の手当を削減して捻出。教務主任や教科主任の手当は廃止も含めて見直し、仕事の役割は校長や副校長を補佐する主幹教諭に引き継いでいく。 早朝出勤など不規則な勤務に対応するため、管理職を除く教員には時間外勤務手当の代わりに「教職調整額」として月給の4%が一律支給されているが、文科省は休職中の教員など時間外勤務への配慮の必要がない対象者について最大1%まで削減できないか検討している。教職調整額は各地で削減の動きがあり、東京都は研修しても指導力が改善しない教員を1%まで減額している。 義務教育教職員の給与・手当の国庫負担率は3分の1で、残りは自治体が負担。国庫補助の基準額が引き上げられると地方負担も増えるが、他の手当も同時に削減されるため、自治体は国の方針に連動するとみられる。 |
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役人も国会議員も、国民に奉仕するのが仕事だと思うんだけど・・・。
自分達の方が偉いと思ってるんだからたちが悪い。
もっと国民に選ばれたということを自覚してほしいね。
選挙の時だけ頭下げる候補者を見極めないとね。
政治家らの暴言、傷つく被災者
「選挙でしか代えられない」
「所詮、国の役人は地方をばかにしてんだ」「頭下げても腹ん中は別だという ことがよく分かったべ。」 福島県の被災者支援に当たる復興庁の幹部職員(45)がツイッターに暴言を書き込んだ問題は、今でも澱のように被災者の心に沈む。東京・霞が関から北へ230km離れた同県川俣町。「田舎の町議会」と揶揄された町議らは腹の虫が治まらないでいた。 町の一部は東京電力福島第1原発から40kmの場所にあり、「計画的避難区域」に指定された。職員が揶揄したのは、区域の復興計画を復興庁と町議会が協議する場。担当者に詰め寄る町議らを、職員はただ腕組みをして見ていたという。 町幹部は「やりたくないことを仕方なくやらされてんだ、国の人は。」と漏らす。町には経済産業省から職員2人が派遣されているが、わずか3カ月で入れ替わる。一方で、国が指定した避難区域の再編が川俣町だけ終わっていないため、5月に町を訪れた経産省幹部は「何で川俣だけ進まないんだ」と言わんばかりの高圧的態度だったと、同席した町議会議長の佐藤喜三郎さん(71)は振り返る。 「『被災地に寄り添う』なんて言葉は、もはやしらじらしくて聞きたくない。」 ◆家族ちりぢりに… 福島県から山形市へ避難した家族の子供を預かる「あいびぃ保育園」。保育士の女性(35)は「好きで避難したわけじゃないのに、政府から放置されるなんて…。」と話し、ため息をついた。自身も福島で働く夫と離れ、3歳と5歳の男児と避難生活を送る。 こうした母子を支援しようと昨年6月、「子ども・被災者支援法」が成立したが、1年たっても基本方針が定まらない。ツイッター問題の職員は復興庁の法制班でこの法律を担当。「白黒つけずに」などと、たなざらしを容認するとも受け取れる書き込みをしていた。 山形県は福島からの避難者を全国で最も多く受け入れている。同県の調査によると、家族そろって避難したのは約35%。残りの多くは夫を残してきた母子たちだ。就職に関する悩みは「子供の世話に追われて働けない」が平成23年11月の調査で27%と最多、24年11月の調査でも19%を占めた。 子供たちの歓声が響く保育園で保育士の女性は「いっそ福島全域を避難区域にしてほしい。そうすれば家族みんなで避難できる。」とつぶやいた。その言葉に、子供を迎えに来ていた母親たちが一斉にうなずいた。 ◆関連死認められず ツイッター問題のさなか、自民党の高市早苗政調会長(52)が「原発事故で死者はいない。」と発言した。すぐに撤回したものの、与党幹部でさえ、この程度の認識だったことに被災者たちは声を失った。 実際には復興庁のまとめで、東日本大震災と原発事故後に死亡した「震災関連死」は2688人に上り、このうち福島県が1383人と過半数を占める。 川俣町から福島市へ避難している元会社員、渡辺彦巳(ひこみ)さん(60)の父、義亥(よしい)さん=当時(87)=は震災2週間後、精神に混乱をきたしたまま急性心不全で亡くなった。母のマチさん=同(84)=は今年4月、避難先の老人施設で衰弱死した。「早く家に帰りたい。」と言い残して。 父の震災関連死の認定を町に申請したが、認められなかった。後にミスと分かり、町は今年4月になって職員4人を口頭での訓告処分などとした。再申請しているという渡辺さんは借り上げアパートに置いた小さな仏壇でほほ笑む両親の遺影に手を合わせ、語った。 「本当に被災地と向き合ってくれる人を、政党でなく人物で選びたい。官僚は 入れ替えればいいかもしれないが、政治家は選挙でしか代えられないのだか ら。」 ■子ども・被災者支援法 東京電力福島第1原発事故を受け、民主党政権下の平成24年6月に成立した被災者支援のための法律。自主避難者も対象に含め、特に子供に配慮して健康上の不安や生活上の負担を軽くするための支援を定めたが、政府は運用に必要な基本方針を策定していない。ツイッター問題の復興庁幹部職員は同法を担当。停職30日の懲戒処分後、出向元の総務省官房付となった。 |
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素晴らしい行動力ですね。
僕も見習わなくては。
復興支援を空襲体験記で
奈良の女性 今も体に破片
戦争体験をまとめた鈴木知英子さんと、
宮城県石巻市の被災者から届いたたわし
奈良県王寺町で1945年7月14日、米軍機の機銃掃射で重傷を負った鈴木知英子さん(81)=同県香芝市=が、昨年12月に自費出版した戦争体験記を配って、東日本大震災被災者支援の寄付金を集めてきた。
寄付は、宮城県石巻市の仮設住宅の被災者が作るたわしの製作費となり、鈴木さんはそのたわしを証言集会などで配っている。鈴木さんは「震災も戦争も忘れないことが大切。伝える役割を果たしたい。」と語る。
「戦争体験記 私の戦争は終わらない」で、A5判、24ページ。王寺町の空襲は、現在の近鉄新王寺駅周辺で機銃掃射で2人が死亡したとの記録が隣接する河合町の町史にある。 当時、県立高田高等女学校(現・県立高田高)の2年生だった鈴木さんは、空襲警報が鳴って家に戻る途中、首から腰にかけて被弾した。その銃弾が戦後約40年たって体内から見つかり、摘出手術をしたが、今も頸椎(けいつい)に弾の破片が残っている。体験記は「戦争はイヤ!絶対ダメ!」と結ぶ。 昨年10月、地元女性団体代表として宮城県であった会議に出席。NPO法人「石巻復興支援ネットワーク」の案内で石巻市の被災地を回った。 「被災者のために何かをしたい。」
戦争体験を語る傍ら、少しずつ進めていた体験記が完成したら、寄付金を募って復興支援の資金にするアイデアを思いついた。
同ネットは、石巻市の仮設住宅で暮らす被災女性ら約20人がアクリル製たわしを作る活動を支援する。被災者の孤立を防ぐため、集まってもらうきっかけにとの考えで、たわしの販売はしない。 体験記は300部製作。集まった寄付金10万円を贈り、たわしの材料費や人件費に充てられた。 「ご支援ありがとうございます。」
「心を込めて編みました。」
鈴木さんに届けられたハート形のたわし約500個には、一つずつメッセージが添えられていた。
今も68年前の傷痕に苦しむという鈴木さんは、戦争の記憶が薄れ、9条改憲などの動きも出ていることについてしっかりした口調で語った。 「私の体と心が『戦争は嫌だ』と言う。大きな犠牲を払って手に入れた平和憲 法を手放すのは、耐えられない。」 |
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皮むけた! 手も切った!
買い物から帰ってきて、11時頃から妻に頼まれていた新生姜の皮むき。
1箱4kgが2箱結構な量だ。
終わったら昼をまわってた。
最後の方になって、手を切った。
疲れてきてたんだね。
集中が散漫になってたんだ。
少し深く切ったのかしばらく血が止まらなかった。
手当てして、続きしたけど、疲れました。
ホント結構な量だった。
明日は瓶の中身を移し替えて、瓶をを洗って乾かしてから漬ける予定です。
ホントはそれも今日しようと思ってたんだけど、疲れたので、明日にします。
妻もわかってくれると思います。
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