日々燦々 − はぁ〜、のんびり のんびり -

3月。桜はまだですが、花粉が飛び始めてます。一雨ごとに暖かくなってきました。今年もノンビリボチボチ頑張ります。

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7月31日は何の日?

7月30日、昨日降った雨もやんで、今朝は朝から靄。
5時半頃から墓掃除。
墓から見ても家並みが見えない。
今日は墓の西側の草刈り。
それが終わって、田の除草剤散布。
それが終わると稗引き。
9時頃作業終了。
後はシャワーを浴びてゆっくり。
妻も仕事が立て込んで、午後も仕事と連絡してきた。
午後ものんびり過ごした。
でも、蒸し暑かった。
雨も結局降らなかった。
昨日は雨降って涼しかったのにな・・・・・・・・・・・・・。
妻にメールしたのに、迷惑フォルダに入ってしまってた。
実は、スマホを持つことになった。(立場上いろいろと電話が来るので・・・・・・)
妻は僕の電話もメールも登録してなかったから、迷惑メールになってしまってた。
今まではパソコンからしてたから・・・・・・。
連絡なく帰ってきたので、初めて分かった。
 
いよいよ明日で7月も終わり。
また暑い夏が巡ってきますね。

7月31日は「蓄音機(ちくおんき)の日」
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 蓄音機(ちくおんき)とは、音を記録する機械の事です。1877(明治10)年のこの日、エジソンが蓄音機の特許を取得しました。彼が最初に発明した蓄音機は「TIN FOIL(ティン・フォイル)」といわれ、スズ泊を巻き付けた円筒状のものに録音・再生する仕組みでした。次に登場したのが、モーターで作動するろう管式のレコードです。

こだまの日
 1959(昭和34)年、特急こだまが、狭軌鉄道での世界最高速記録を樹立しました。
パラグライダー記念日
 1988(昭和63)年、北九州市で第1回パラグライダー選手権が開かれました。

7月31日の誕生花は“朝顔”
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夏の風物詩を彩る“朝顔”
花言葉は“気取ってる”

今日の一枚:新美南吉生誕100年の
記念式典
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 生誕100年を迎えた愛知県半田市出身の童話作家、新美南吉(1913〜43)の誕生日の30日、同市の新美南吉記念館で記念式典があった。南吉の詩「明日」に曲を付けた歌を市立半田中学校合唱部の生徒たちが披露し、約200人の出席者らが献花した。
 式典では、北原白秋門下での兄弟子で「ごんぎつね」が教科書に載るように推薦した詩人の巽聖歌(たつみせいか)(1905〜73)の遺族、処分寸前だった南吉の日記を遺族から譲り受けるなど顕彰の先駆けを果たした南吉の教え子たち、同じ同市岩滑(やなべ)出身で、ゆかりの人たちの証言や資料を集めた南吉研究家の大石源三さん(84)−−に、市から感謝状が贈られた。
 南吉が安城高等女学校(現・県立安城高校)の教師として5年間を過ごした愛知県安城市の中心市街地交流広場(同市御幸本町)でも30日午後6時から誕生日式典がある。市民団体「新美南吉に親しむ会」の活動報告や、「南吉朗読ででむし会」の作品朗読などがある。

※ 子供の頃大好きだった新美南吉。
  もう生誕100年ですか。
  もっともっと語り継がれていくでしょうね。

私と原爆(1)

68年前の重い記憶をどう伝えるか。様々な思いで広島、長崎を見つめる人々を取り上げた記事が新聞に載っていました。
できるだけその思いを伝えるべく掲載させていただきます。
第1回目は、俳優の平幹二朗さんです。

私と原発(1)

 広島におそろしい原発が落ちた−。1945年8月6日、小学6年だった平幹二朗さんは疎開先の広島県上下町(現府中市)で耳にした。広島市で暮らす母久代さんは、原爆ドーム近くの郵便局へ歩いて出勤中で、ほどけた靴ひもを結び直そうと偶然ビルの影でかがんでいて奇跡的に助かった。
 23年前に80歳で亡くなった久代さんと、11月で同じ年齢を迎える。生きたかったであろう原爆犠牲者の思いを「背負っているというか、何かしなきゃいけないと感じる。」
ノンポリな生き方をしてきた自分が「覆い隠していたものから、カバーを取ってみるかな。」と考え始めた。
 戦時中は海軍兵学校のある江田島へ行くのが地元の男の子の道。でも「僕は戦争が怖くて、怖くて仕方なかった。」
 夫が戦地に行けないよう妻が両目を傷つける小説「清作の妻」の筋書きから、兵役を免れる方法を知る。疎開先の親戚の家にあった薪割り用の斧で恐る恐る、指を切断する練習をした。
 “恐ろしい爆弾”の後、久代さんは何日待って帰ってこなかった。焼け野原になった広島市内へ親戚が探しに行き、約15km離れた可部町(現広島市)の別の親戚宅に非難していたと分かった。
 一時、危篤状態に陥った久代さん。頭髪が抜けて目も見えなくなったが、大分県別府市の病院で手術を受け、視力は回復した。
 カナダ生まれの日系2世。療養の後、元気になると単身上京、英語を生かして駐留米軍関係の家でメードとして働きながら、平さんを高校に通わせた。
 父文雄さんは、生後9カ月の平さんを残し23歳で早世。「母1人、子1人で育った。戦争と戦後の貧しさの中、寄る辺がなかった。」と振り返る。
 政治的な質問には終始言葉少なだ。しかし「平和は大事で、戦争を放棄した、世界に数少ない国の在り方を守るべきだと人一倍感じる立場に入る」と語った時は、瞳がひときわ力強く輝いた。       (平幹二朗さん)
いたしかたないですね。
あれだけ降ったんですからね。
早い復旧を祈るしかないですね。
 
「SLやまぐち号」当面運休 
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黒煙を上げ、出発を待つSLやまぐち号
 
 28日の記録的豪雨の影響で、大きな被害を受けた鉄道網−−。JR西日本広島支社は29日、山口線を走る観光列車「SLやまぐち号」(5両、定員360人)を当面の間、運休することを決めた。「貴婦人」の愛称で親しまれ、観光客や鉄道ファンに人気が高いだけに、関係者は「楽しみにしている人が多いので非常に残念。」と落胆した。
 同社によると、豪雨で阿武川の水量が増した影響で、山口市阿東の地福−徳佐駅間の橋りょう3カ所が流された。土砂崩れによる線路のゆがみや冠水が多数確認されているという。普通列車は一部区間で運転を見合わせているが、SLやまぐち号は区間途中で折り返しできないため全線で運休する。復旧のめどは立っていない。
 SLやまぐち号は、新山口(山口市)−津和野(島根県津和野町)の62.9kmを1日1往復する観光列車。中国地方を中心に関西や九州からも多くの鉄道ファンが訪れる。8月は週末に加えて11〜18日の盆期間は毎日運行する予定で、新山口発の列車は予約でほぼ埋まっていたという。
 山口線SL運行対策協議会事務局のある山口県観光振興課では、8月1日予定の「復活記念日イベント」の中止を決めた。担当者は「SLは乗客だけでなく、鉄道カメラマンも訪れるので観光への影響が大きい。」と話した。

墓掃除

墓掃除
 
今日も5時半頃から、墓掃除。
昨日の雨で、霧のような靄。
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墓に立つと何も見えない。
今日は昨日できなかった墓の西側。
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凄い草。
とにかく頑張って刈った。
何とか刈れた。
やっぱり無縁仏さんがあった。
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西も北もよく見えるようになった。
ただ気になるのは、その先の草むら。
無縁仏になってる墓もまだある。
この日曜日、老人会の墓掃除。
それが終わってから、刈ってなかったら刈ろうかな。
 
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それにしても、無縁仏さんたくさんあった。
写真の右端の石碑は、天保六年だった。
他にも、寛永や享保もあった。
1年に1回の掃除だけど、ごめんなさい。
このあと、除草剤散布するけど、これもごめんなさい。
少しは御利益あるかな。(そんなこと思っちゃいけないんだけどね)
 
それが終わった頃、田に水が入ったので、ホタルイ対策の除増剤散布。
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結構生えてるんです。
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効くといいけどなあ。

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