|
若いっていうことは素晴らしいことですね。
強さは未来を見ているからかな。
この活動が長く続くことで、震災が語り継がれていくでしょうね。
ここに私の家があった
高校生が震災の語り部に
東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県南三陸町の高校生ら18人が、「町のために自分たちができることをしよう」と、震災体験を伝える語り部グループを結成し、今月から英語でも活動を始めた。
名称は「まずもって、かだっからきいてけさいん」。地元の言葉で「ひとまずお話ししますので聞いてください」の意味だ。メンバーは「私たちと同じ若い世代の人たちや、外国の方々にも話を聞いてほしい。」と意気込んでいる。11日で震災から2年4カ月−−。
「この右側が、私のおうちがあった場所です。」 今も更地が一面に広がる南三陸町の中心地・志津川地区。マイクロバスの中で、県立志津川高1年の佐藤美南さん(16)が、はきはきと説明した。話を聞きに訪れたのは、東京のIT関連企業で働く17人。男性社員の一人が「さらっと言ってるけど、すごいことだよね……。」とつぶやいた。
グループが結成されたのは今年4月ごろ。代表で同高3年の田畑祐梨さん(18)は経緯をこう振り返る。 「阪神大震災の被災地のように(街並みが)すぐ復興するような気がしていた のに、2年が過ぎても何も変わらない。大人たちは何をしてるの?と思った 時、『じゃあ自分たちは何かしたのか』と考えた。私たちにできる行動を起こそ う、と始めました。」
あの日、志津川中の1年生だった佐藤さんは、田畑さんたち3年生を送り出す卒業式を翌日に控え、体育館で準備をしていた。友だちと「先輩のネームプレートもらえるかな」と話していた時、ゴォーという地鳴りとともに揺れが襲った。 「パニック状態で、先生の声も友だちの声も聞こえない。自然に涙が出てき て、しゃがみこんで、余震が続いて−−。」
佐藤さんの話は続く。高台にある学校に避難してきた住民の会話から大津波の発生を知った時の心境。家族の安否も不明のまま一睡もできずに学校で過ごした震災当日の夜。父母との再会。発生から1カ月以上たって遺体で発見された叔母との思い出。遺品の財布の中にあった3歳のころの自分とのプリクラ−−。耳を傾ける大人たちからすすり泣きが漏れたが、佐藤さんの語りは乱れない。 「自分にとって身近な人が突然亡くなるかもしれない。自分の家も、いつこん なふうに跡形もなくなるかわからない。だから、その人のことや、自分の住ん でいるところを大切にしてほしい、ということを伝えたいんです。」 拍手が続いた後、「今の町の自慢は何か」と質問された佐藤さんは、「海と山が続く豊かな自然」とためらいなく答えた。 「まずもって」の活動は既に十数回になり、今後も依頼に応じる形で続けていく。仮設住宅で暮らす田畑さんは「つらい経験だったけど、今、将来のことを広い視野で見られるようになったと思います。」と語った。 |
震災・災害
[ リスト | 詳細 ]
|
これが役所のすること。
そこに住む人のことなどお構いなし。
きちっと公平に物事を決定し、実施していけるリーダーが求められている。
お餅さんはこれには当てはまらないね。
復興計画案、描けぬ未来
わが家は「イベント広場」になっていた
災害危険区域を指定した市町村
行政が描いた復興計画案で、わが家は「イベント広場」になっていた。東日本大震災で町ごと津波にのみ込まれた宮城県石巻市の半島部、雄勝(おがつ)地区。中心部で鉄工所を営む保科光昭さん(50)は、複雑な思いで色刷りの図面を眺めた。 「人が住まなくなる場所で観光産業をやって、どうするのだろうと思う。」 自宅は流され、高台への集団移転で再建するが、工場は奇跡的に鉄骨が残り、震災5カ月後から元の場所で再開した。がれきが片づき、がらんとした空間が広がる場所で機械を回す。 市は住宅だけでなく総合支所や郵便局なども丸ごと高台へ移す計画だ。津波浸水地は住宅の新築を禁じる「災害危険区域」に指定され、「マリン観光エリア」などとして再生を目指す。保科さんの自宅跡と工場は「産業観光エリア」に含まれていた。 計画案には公園や駐車場が目立つ。中心部の別の場所の図面には、「イベント臨時駐車場」という“取って付けたような施設”まであった。震災前、地区のシンボルだった5階建ての「雄勝硯(すずり)伝統産業会館」は、平屋を6棟つなげる形で描かれていた。 総合支所の三浦裕(ひろし)復興推進監(57)は「ほかに建てるものがないので、一つの施設で広がりを持たせるよう工夫した。」と、苦悩をにじませた。 ◆まずは高台 震災から2年3カ月が過ぎてなお、被災地の人々、そして国民が復興への実感を持てない大きな理由に、太平洋沿岸部に広がる更地の存在がある。住宅の再建は、高台や内陸への「防災集団移転促進事業」が適用される代わりに、元の場所は災害危険区域に指定され、居住が制限される。 人が住まない広大な「跡地」をどう復興していくのか。宮城県東松島市が大規模太陽光発電所(メガソーラー)を建設し、岩手県釜石市も大型ショッピングセンター「イオン」を誘致するなど、エネルギー産業や商業地として再生を目指す場所がある一方、未来図を描けない地区も多い。 復興庁の上田健(けん)統括官(55)は「危険な土地から安全な高台へ移り、新しい町をつくるのが集団移転の基礎。まずは『上』をきちんと整備するため手厚く支援している。『下』はどうしても『後で考えます』ということになる。」と説明し、こう述べた。 「ただ10年後、20年後の人口減少社会を見据え、町は小さくコンパクトにつ くるのが理想型だとは思う。」 ◆人が来れば 宮城県気仙沼市の半島部、只越(ただこし)地区。5人が犠牲となり、38戸が流された。このうち22戸が近くの高台を造成し集団移転する。 元の土地は災害危険区域に指定され、海岸と地区の真ん中を流れる川沿いには高さ11.3mの防潮堤が建設される計画だ。コンクリートの巨大構造物が縦横に走り、凸凹の土地に生まれ変わるため、かさ上げして全体を平らにしない限り用途は限られる。 市は3月、地区に対し「隣接する陸前高田市の高台移転の造成や三陸道の工事で出る土の仮置き場として使いたい。」と提案した。土は将来、かさ上げに使えるとの含みで、地区は了承した。 だが、時期や範囲などは何も決まっていない。 地区で1軒だけ残った商店で、亀谷(かめや)拓也さん(55)は食料品からプロパンガスまで手広く扱う。地区の生命線を担うが、訪れる客は1日5、6人とわずかだ。 亀谷さんは、そんな地区の将来を「大学の研究機関を誘致したい。人が来ればにぎわう。子供たちがいればお年寄りも喜ぶ。」と思い描く。参院選の投票へ行くのは「当たり前」と話し、こう語った。 「あまり多くは期待していない。ただ、物事を不公平感なく、早く決めてくれるリ ーダーがほしい。」 【用語解説】災害危険区域 津波など自然災害の危険性が高いとして建築制限のかかる区域。住宅や病院など居住用の新築が制限されるが、店舗や水産加工場などは可能。高台や内陸への「防災集団移転促進事業」では、元の場所が同区域に指定される。国土交通省によると、岩手、宮城、福島3県で今月1日時点、22市町村が計133平方キロを指定。日本第4位の広さを持つ福島・猪苗代湖の1・3倍に相当する。 |
|
今日は予報では梅雨の晴れ間。
それでも降る時はどっと降る。
皆さんくれぐれも災害には注意しましょう。
梅雨後半は集中豪雨発生しやすく
災害に注意を
梅雨前線が停滞しやすい範囲
例年より早めの梅雨入りが発表された九州〜関東地方。梅雨入り直後は雨が少なく、5月の少雨と相まって一部で水不足も危惧された。しかし、6月中旬以降、梅雨前線の活動は活発で「梅雨らしい梅雨」(気象庁)になっている。これから梅雨も次第に後半に入るが、集中豪雨への警戒が必要になる。 23日までの20日間の合計降水量は、東京都心115.5ミリ(平年比106%)、名古屋市112.5ミリ(同90%)、大阪市211ミリ(同187%)、福岡市121ミリ(同83%)。梅雨入り当初、梅雨前線は日本列島より南にあったため、暖かく湿った空気が日本列島まで届かず、雨量は少なくなった。しかしその後は台風の影響などもあり、西日本を中心に本格的な雨の季節になりつつある。気象庁が21日発表した1カ月予報では、梅雨後半も曇りや雨の日が多いとしている。 また、梅雨後半について、気象庁は「集中豪雨が発生しやすい時期」とする。太平洋高気圧の縁を回り梅雨前線帯に流れ込む空気の水分量は夏が近づくにつれて多くなる上、前線が停滞しやすい範囲が日本列島にかかりやすくなるためだ。同庁天気相談所は「災害につながることも多い時期。気象情報に注意して。」と呼びかけている。 |
|
新しい予測だそうです。
でも、地震予測は困難みたいですね。
いつ起きてもおかしくない状況なら、いざというときに備えるしかないですね。
南海トラフの新予測
「東海地震説」を否定 全域警戒を
南海トラフの新予測
南海トラフ(浅い海溝)で起きる大地震について、政府の地震調査委員会が新たな長期予測を公表した。東海・東南海・南海地震の発生確率を個別に算出する従来の手法を12年ぶりに変更。東海の切迫性が特に高いとする「東海地震説」を事実上否定し、連動型の巨大地震を視野にトラフ全域での防災対策を促している。 ■個別評価を撤廃 南海トラフは西日本を乗せた陸側プレート(岩板)の下にフィリピン海プレートが沈み込む場所だ。両プレートの境界部ではひずみが蓄積し、100〜200年程度の間隔で大地震が起きる。東端の駿河湾から四国沖にかけて、マグニチュード(M)8級の東海・東南海・南海地震の震源域が順に並んでいる。 地震調査委は平成13年に公表した従来予測で、これらの3地震について「ほぼ同じ場所、同じ規模で周期的に発生する」と評価。江戸時代以降の発生間隔などを基に、30年以内の発生確率を今年1月時点で東海88%、東南海70〜80%、南海60%程度と算出していた。 新予測では、こうした震源域ごとの個別評価を撤廃。近年の研究で、3地震は別々ではなく連動して巨大化する場合もあり、発生パターンは複雑で多様なことが分かってきたからだ。見直しの背景には、複数の震源域が連動して想定外の巨大地震が起きた東日本大震災の反省もある。 ■震源域の予測困難 過去の地震活動をみると、終戦前後の昭和19〜21年は、東南海の2年後に南海が発生したが、東海は起きなかった。安政元(1854)年は東海と東南海が連動し、30時間後に南海が発生。宝永4(1707)年には3つが連動する史上最大の宝永地震(M8・6)が起きた。 宝永と同規模の地震は300〜600年間隔で起きており、約2千年前には宝永を上回る巨大津波が起きたことを示す堆積物が見つかっている。また、慶長地震(1605年)のように、揺れの割に津波が大きい「津波地震」が起きることもあり、地震のタイプや周期は不規則だ。 このため調査委は「次の地震の震源域を推定することは困難」として、トラフ全体を一つの領域と考える大局的な手法に変更。中央防災会議が想定した巨大地震(M9・1)の震源モデルを採用し、この範囲のどこかでM8〜9級が発生する確率を求めた。 時間差で発生した昭和や安政の地震は広義の連動型とみなし、正平16(1361)年以降の6回の地震を分析した結果、平均発生間隔は117年。昭和の地震は比較的小規模にとどまったため、次の地震までの間隔は平均より短い88・2年と推定し、今後30年以内の発生確率を60〜70%と算出した。 首都直下地震と同程度の高い確率で、調査委は「大地震の切迫性が高まっている」と指摘。東海、東南海、南海の順番で起きる可能性が高いとした従来の解釈は撤回し、全域で同じ備えを求めた。 ■「割れ残り」考慮せず 昭和51年に提唱された東海地震説によると、駿河湾から静岡県付近は安政の地震でプレート境界が割れたが、昭和の地震では割れ残ったため、100年以上の長期にわたってひずみが蓄積し、地震発生が切迫しているとされる。 しかし、新予測は特定の震源域で同じ地震が周期的に起きるとの考え方に立っておらず、「割れ残り」の影響も考慮していない。東海地震が起きる可能性は否定していないものの、過去に単独で起きた記録がないことから、東南海などと連動するケースだけを例示しており、実質的には東海地震説の否定といえる。 切迫性についても、従来は「発生が懸念されている」としたが、今回はこうした記述はない。調査委の本蔵義守委員長は「東海地震が単独で起きる確率だけが高いという理解は、もう捨てなければならない」と話す。新予測は東海地震を特別扱いしてきた国の防災対策や予知体制にも影響を与えそうだ。 ただ、東海地方にひずみが蓄積していることは事実で、警戒が必要なことに変わりはない。見かけ上の確率が大幅に低下したことに自治体からは戸惑いの声も聞かれる。 「いつ起きてもおかしくない」とされながら、いまだに起きていない東海地震。現状のリスクをどう理解すればよいのか。国は最新の科学的知見を踏まえ、国民に分かりやすく説明する努力が必要だ。 |
|
対策ができるまでに噴火しないことを祈ろう。
それにしても凄い量だね。
これだけ降ったら、都市機能マヒだね。
富士山が噴火したら…進まぬ降灰対策 交通、生活への被害大きく
宝永噴火で約1mの厚さに降り積もった火山灰(白色や黒色の層)
カンボジアのプノンペンで16日から始まった世界遺産委員会で登録が正式決定される見通しの富士山。日本の象徴であるこの山は日本最大の活火山でもある。
最後の噴火は江戸時代・宝永年間の1707年。その後300年以上も静穏な状態が続き、火山専門家は「富士山は過去3200年で約100回も噴火しており、異常事態だ」と指摘する。 現在も富士山に噴火の兆候は見られないが、東日本大震災を除けば20世紀以降に世界で起きたマグニチュード(M)9級の巨大地震後は、必ず数年以内に震源域周辺で大噴火が発生している。富士山の宝永噴火も南海トラフ沿いの巨大地震直後だった。 富士山の噴火で影響が最も大きいのは降灰だ。宝永噴火は冬に起き、偏西風の風下だった地域に大量の火山灰が降り積もった。国や富士山周辺の自治体による協議会が発行した「富士山火山防災マップ」によると、噴火が続いた約2週間に現在の横浜市で16cm、川崎市で8cmの降灰が確認されたという。 同マップは、富士山が噴火した場合の降灰量も予測。神奈川県内全域で2cm以上積もり、箱根町や南足柄市で50cm、小田原市で30cm、横浜、相模原、鎌倉市でも10cm以上と推計する。 内閣府の検討会が5月に出した提言によると、一般車両での移動は道路に0.5ミリ程度の火山灰が堆積するだけで支障が生じ、降雨時などには数ミリ、乾燥時でも1〜2cm程度で移動が困難になるという。 提言はさらに「航空機や鉄道の運行に支障が生じ、農林畜産業に甚大な被害が発生」「建築物の倒壊、電力供給施設の障害や健康被害等も予想され、結果として国民生活、産業構造や社会システムに大きな混乱が生じる」とも述べている。山間部では、火山灰が積もった後の降雨による土石流の発生も懸念される。 これに対し、県の降灰対策は始まったばかりだ。県が中心となって設置した県西部などの4市6町で構成する「富士山問題連絡会議」は動きが鈍い。県安全防災局の山口達夫・応急対策担当課長は「火山灰を取り除く場所の優先順位や資機材の準備、火山灰を捨てる場所の確保などは手探りの状態。国の主導が必要で、今降ってきたらお手上げ」と話す。 もっとも、富士山の噴火パターンは多様で、必ずしも大量の降灰を伴うわけではない。県立生命の星・地球博物館の笠間友博・主任研究員は「高い所まで噴煙が上がった宝永噴火は最悪のパターン。めったにあるものではないが、備えはしておくべきだ」と指摘する。(小野晋史) ■富士山の噴火 富士山は約70万〜20万年前に活動を始め、何度も噴火を繰り返して現在のような円錐(えんすい)形になったとされる。日本史上では平安時代の貞観(じょうがん)噴火(864年)と江戸時代の宝永噴火(1707年)が特に大きかった。 このうち貞観噴火は大量の溶岩が流出し、その上には現在青木ケ原の樹海が広がる。また、噴火開始の5年後には一昨年の東日本大震災と震源域が似たマグニチュード(M)8級の貞観地震が起きた。 一方、宝永噴火は南海トラフ沿いの巨大地震から49日後に発生。噴煙の高さは20km以上に達したとの試算もあり、大量の火山灰が広範囲に降った。 噴火を正確に予知するのは難しく、「前兆から噴火まで、場合によっては数時間」と指摘する専門家もいる。 |




